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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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操り人形と“アリス”⑰


私とピノキオは、船内にあるありったけの縄を集めて甲板へと持ってくる。

中にあった縄は、一本一本はあまり長さが無く。私達はそれぞれを縛って繋げて、一つの長い縄を作り上げた。


「これでしたら、私めがサメめの喉へ向かっても。皆様の船は口の傍に居れますね!」


マグロが嬉しそうに言って、縄の先端を咥える。

私は、もう片方の縄の端を手摺へとしっかり結ぶ。


「よし……船の操作もバッチリじゃよ。アリスちゃん」


ジェペットさんが、いつでも良いぞ……と、操縦室の窓越しにジェスチャーを交えながら教えてくれた。


「あの……」


私は傍で浮遊していたコオロギの幽霊に声を掛ける。


『はい、何ですかアリスさん?』

「すみませんが、マグロがサメの喉に体当たりする直前に。私達に合図を下さいませんか?」


すぐさま、ジェペットさんに船を全速前進で運転して貰わなければならないので。マグロとのタイミングを教えてくれる人物が欲しかったのだ。

それは、どこへでも好きに飛んで行ける上に。これ以上、命の危険の無いコオロギの幽霊以外適任が居なかった。


『分かりました! お役に立てるなら光栄の極み。是非、喜んで!』


丁寧にお辞儀をして、快く了承してくれるコオロギに。私は「すみません……」と言葉を溢す。


「何から何まで、貴方に頼りっぱなしで……」

『何をおっしゃいますか!』


申し訳ない気持ちでそう言うと、コオロギは明るい声と笑みで続ける。


『初めて出逢った時、私は見ず知らずの貴女に《ピノキオを助けて欲しい》とお願い致しました。本当の事を隠して、殆ど騙すような形で助けを求めた私達を。それでも貴女は助けてくださったじゃあないですか!」


それは、まあ、そうではあるが……。


『その後も、ピノキオを助けに私の願いで危険を冒してまで「おもちゃの国」にピノキオを迎えに来てくれた……こんな事、その御恩に比べれば小さい物です!』


そして、コオロギは再び私に向かってお辞儀をした。


『任せて下さい、アリスさん!』


紳士然りというその様子に、私は「ありがとう」と「お願いします」を添えるのであった。


「アリス、まだ?」


すると、ジェペットさんの手伝いで船内に居たピノキオが顔を出す。


「今行く。マグロに合図を出すから、ピノキオは入ってて」

「分かったー!」


そう元気に言い、ピノキオは船内へと再び戻って行く。


『私も、マグロさんの傍に行って参りますね』

「はい、お願いします」


コオロギが船の下へと浮遊していくのを確認してから、私はマグロへと声を掛けた。


「マグロさん、お願いします」


すると、彼は「はい、喜んで!」と言うや否や猛スピードでサメの喉へと猛スピードで泳いで突進して行った。

マグロのスピードはとても速く、あっという間にサメの喉へと激突してしまう。


『アリスさーん!』


コオロギは私の所へと飛んで来る。


「ジェペットさん、今です!」


すると、「ぐえっ!!」という声が私達の居る体内に響いた。息や海水と共に、私達の船がサメの口の方へと流れて行く。

ジェペットさんは船を起動させ。サメの中を駆け抜け、開かれた口の門を潜って行った。


「ヤッター!」

「出れたぞ!」


ピノキオとジェペットさんが歓喜の声を上げる。

少し、赤みがかった空が。暗いサメの中から出て来れた安心感を与えてくれた。

船はいまだ、サメから一刻も早く遠くへ離れる為。海上を滑走する。

そういえば、マグロは無事に一緒に脱出出来たのだろうか?

私は気に掛かって、手摺に少し身を乗り出して海面を覗き込む。すると、その時。船が大きく揺れた。

私の視線の先の海面も、白い泡を立てて大きく波打っている。私の身体は前へとつんのめり、頭の方へと傾いていた重心のせいで手摺をスルリと乗り越えてしまった。


「あっ、アリス!!」

「アリスちゃん!!」

『アリスさんっっっ!!』


半回転する世界。海面に叩き付けられる私の身体。衣服に、肌に、髪に、海水が触れて沁みていく。

仰向けに倒れた私は、少し赤が差し込んできた空を水越しに眺めたまま。ゆっくりと、どんどん沈んでいった。

どうしてだろう……妙に冷静で、私の心は全然慌てていない。この感じが妙に心地良くて、このまま、ゆっくりと意識を剥がされてしまっても構わない……そう、思ってしまった。

そう思った? もしかしたら、私は前に――


――“アリス”っ!!


遠くで声が聞こえた気がした。

その時、誰かが私の手を掴む。


「アリスっ!」


霞む視界に捉えたのは、ピノキオだった。


「お嬢さん、しっかり!」


そして、共にサメの内部を脱出したマグロもやって来る。


「さあ、私に掴まって下さい! 船の傍まで……」


すると、私とピノキオを澄んだ青い光の球体が包み込む。

その中は、水中で困難になっていた呼吸が可能となり。私は咳込みながらも、自然と空気を大きく吸い込む。

私とピノキオの身体は光に包まれたまま、ゆっくり上昇していく。やがて、海面を抜け。ジェペットさんが居る船の甲板まで来ると私達を降ろして、光は散りながら消えていった。


「すごいすごいー! ねえ、アリス。今の何だったのかな?」

「さあ……」


私にも、分からない……けど……。


「二人共、無事かい!?」


ジェペットさんが操縦室から駆けて来る。


『アリスさーん! ピノキオー!』


コオロギの幽霊も飛んで来た。


「皆さーん! 大丈夫ですか!?」


船の下から、マグロの声も聞こえて来る。


「すみません……心配お掛けして」


私がそう言うと、ジェペットさんの掌が私の頭に触れた。


「無事なら良いんじゃよ……」


そしてジェペットさんの笑顔が降り注ぐ。


「ピノキオ、ありがとう……」


ピノキオへと顔を向け、私がそう言うと。彼は嬉しそうに「えへへ」と笑った。


「アリスにお礼言われちゃった! ようやく、アリスの役に立てて嬉しいよ!」


少し呑気にも感じてしまうピノキオの笑顔に、私は思わず表情が綻んでしまう。


「さあさあ、二人共。とりあえず、濡れた身体を拭いて」


ジェペットさんが何処かからタオルを持ってきてくれて、私とピノキオへと掛けてくれる。


「ありがとうございます、ジェペットさん」

「ありがとう! お父さん!」

「日が暮れ始めて冷えてきたからのう、船内にお入り」


ジェペットさんに促され、私とピノキオは身体をタオルで包んだ状態で続いて行く。


「あっ、町の港への先導はお任せ下さい!」


マグロが意気揚々と、私達に叫ぶ。


「そりゃ、助かる。よろしく頼むよ」


ジェペットさんが笑顔でマグロに返す。


『私も、お手伝い致しますよ!』


コオロギの言葉に私は「ありがとうございます」と返した。


「二人共、長旅で疲れたろう。進路はワシに任せて、着くまで少し休みなさい」


穏やかな表情と声で言ってくれたジェペットさんに、私は「すみません……」と返す。


「ぼくは全然大丈夫ー! お父さんのお手伝いするよ! アリスはお休みしててね!」

「……ありがとう、ピノキオ」


私は船内に入り、操縦室の壁に背中を預けて腰を下ろした。

そういえば……昨晩は眠れなかったからなあ。

私は安心感に包まれたのか、一度目を閉じると深い深い意識の底へと誘われていくのであった。

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