操り人形と“アリス”⑭
「どうしよう、アリス~!!」
泣き声に近い声で、ピノキオが言う。
「どう、しょうか……」
私の方が教えて欲しい……。
『これは元に戻れるのでしょうか?』
「ぼくも皆みたいにロバになっちゃうのかな!!」
そんなのやだよ~!! と叫ぶピノキオ。
「ロバじゃなくて、人間になりたいよー!!」
「いや……そんな事、言ってる場合じゃないって……」
逃げる方法も思いつかないのに、不可思議なロバ化の治療なんて……。
「アリスもその内、ロバになっちゃうのかな?」
「どうだろう……長い事、此処に居たら、もしかしたら……」
嫌過ぎる……私は心の中で青ざめる。
「ってなると、あんまりのんびりしてる時間はなさそうだね」
私もピノキオも、動けるうちに出来る事を見つけなければ。
「……とりあえず、この島からの脱出方法を探すのが優先かな」
私は、自分に生えたロバの耳と尻尾を触りながら、あわあわとするピノキオを振り返る。
「ピノキオは、この島に船で来たんだよね?」
「う、うん……そうだよ……」
「って事は、やっぱり此処に来る船に何とか忍び込むしかないか」
「アリス……」
私の洋服の袖を掴むピノキオに、「どうしたの?」と顔を向けた。
「ごめんなさい……こんな事になるなんて、思わなかったんだ……」
涙腺があったら、きっと彼は今。大粒の涙を流していた事だろう。
「寄り道して、アリスとお父さんに心配かけて、コオロギさんにもまた迷惑かけて……ぼく、悪い子だ……」
視線を俯かせるピノキオの頭に、私はそっと触れる。
「反省するのは後。二人でジェペットさんの所に帰ってからだよ。今は、どうするかを優先して考えよう」
「アリス……」
顔を上げたピノキオは、強く首を縦に振るのだった。
「あの」
続いて、私はコオロギへと声を掛ける。
「港の場所を確認して来てもらえませんか?」
『分かりました!』
「私とピノキオは、『おもちゃの国』の様子を物陰から伺ってますので」
『では、後ほど。お二人の所へ参りますね』
ペコリと頭を下げ、コオロギは空高く飛んで行く。
「じゃあ、ピノキオ。私達も行こう」
「……うん!」
それから私とピノキオも立ち上がり、歩き出すのであった。
――伺うように、私とピノキオは茂みの陰から「おもちゃの国」を覗き込む。
「静かだね……」
「うん……」
私達が逃げ出した時は、ロバへと変貌していく子供達の悲鳴と泣き声が響き渡っていたのに。
「オラ! さっさと歩け!」
すると、乱暴な声が私達の耳に届いた。
私は一度、ピノキオに「しー」っと合図をすると。草木の音に気を付けながら、声のした方へと顔をそーっと覗かせる。
「テメーらはこれから、死ぬまで働いて貰うからな!」
品の無い笑い声を響かせるのは、子供の声では無かった。
横に大きな体躯の背の低い大人の男で、彼は鞭を片手に列を作らせたロバ達を何処かに向かって歩かせていた。
大人は他にも、あと三人程おり。ロバ達が逃げ出さないように、鞭を片手に恐ろしい表情で見張っている。
「さっさと歩けっ!」
「ちんたらしてんじゃねぇ!!」
口々に乱暴な言葉を放ち、列を抜け出そうとしたロバには容赦無く鞭を食らわせた。
痛みにロバが悲痛な鳴き声を響かせる。見ていて、気持ちの良い光景では無かった。
「……可哀そう」
ピノキオが小声で呟く。
「そうだね……」
私も小声で返す。
助けてあげたい……そう、思わなかった訳ではなかった。
幾ら親に怒られる事無く遊んで暮らしたいと、家出をした子供達といえども。騙して連れ去り、この仕打ちはあんまりだ。
でも……大人の男、数人に太刀打ちする術など。私とピノキオには無い。
『アリスさん!』
力の無い自分に、不甲斐なさを感じていると。コオロギの幽霊が私達を見つけ、傍までやって来る。
「おかえりなさい。どうでした?」
私の問いに、コオロギはたった今見てきた事の報告を始めてくれた。
『はい、港はあの先。今、ロバ達が向かわされている方向にあります』
そして、現在。港には中型の船が停泊しており、その船にロバ達は積み込まれているそうだ。
『港に居た男達の話しを盗み聞きした所、明日の朝一番に出航し。ロバにされた子供達を売りに出すのだとか』
あっ、あと! と、コオロギは少し嬉しそうに言葉を続ける。
『彼等が話していたのですが、この国の食べ物を口にしなければロバになる事は無いようです! なので、アリスさんがロバになる心配はなさそうです!』
それは何という朗報……私はホッと胸を撫で下ろす。
「でも……と、いう事は……」
私とコオロギは、ピノキオへと視線を向ける。
「ぼくは、ロバに……」
青ざめた表情で、呟くピノキオ。
「あれ、でも……耳が生えてから、大分時間が経っているのに。ピノキオ、まだ耳と尻尾しか生えてないね?」
「あ、確かに!」
『そうですね!』
「ピノキオ、貴方。此処で食べた物は?」
「アリスが来てくれた家の飴を少し舐めただけだよ」
「それだけ?」
食べ放題の所に来て、それだけしか食べてないの?
「うん! その前に、大きな乗り物のおもちゃでいっぱい遊んだんだ!」
成程……遊び惚けてて、食欲を満たす事を後回しにしていただけか……。
「もしかしたら、ピノキオは少ししか食べてないから。ロバになる効力が薄いのかもしれないね……」
「じゃあ、ぼくロバにならない?」
「まあ、確証は無いけど」
「よかったー!」
「いや、結局。元に戻る方法が分からないから、事態は全く好転してないからね」
ロバ耳と尻尾は、暫くピノキオに生えたままだし。もしかしたら、その内。少しづつ、ロバになる可能性も無くはない。
「そっか……」
私の言葉に、肩を落とすピノキオ。
『それで、アリスさん……これから、どうするんですか?』
私は「うーん……」と、口元に手を当て。コオロギが掴んでくれた情報を、頭の中で整理する。
「ちょっと、上手く行くか自信は無いんですが……」
私の表情を覗き込んでいたコオロギと、落ち込んでいたピノキオの視線が私へと集中した。
「思いついた方法が一つ……」
上手く行けば……ロバにされた子達を救う事も可能かもしれない。でも、上手く行かなければ。私とピノキオに、危険が伴う……。
「ぼく、アリスのこと信じるよ」
ピノキオが、優しく笑みを浮かべながら言う。
その表情は……どこか、ジェペットさんの面影を孕んでいた。
「こんな所まで、悪い子だったぼくのこと迎えに来てくれて……アリスには、会った時から助けて貰って。優しくして貰ってばっかりだから……」
だから、ぼく……と、ピノキオは続ける。
「アリスの役に立ちたい!」
「ピノキオ……」
「アリスの為にも、ロバにされちゃった燈心や他の子達の為にも。ぼく、がんばって何でもするよ!」
元気に告げるピノキオに、私は「ありがとう」と言葉を返す。
「一緒に……此処から脱出して、ジェペットさんの所に帰ろうね」
私の言葉に、ピノキオは「うん!」と再び元気良く頷くのであった。




