操り人形と“アリス”⑬
物置のような場所は、木々に囲まれた場所にこじんまりと建つボロボロの小屋であった。
私を迎えに来てくれたコオロギについて進んでいくと、雰囲気は一変する。
森のように木々が生える中を抜け、開けた所まで出ると。薄暗く、月明かりしか足元を照らしてくれていなかった光から。赤や青。黄色や緑等、色とりどりなライトが明るく照らし輝いていた。
そこは大小様々な建物が円を作るように立ち並んでおり、真ん中には広場がある。広場には、回転木馬が軽快で楽しそうな音楽を奏でながら光電を点滅させて子供達を乗せて回っていた。
他には、観覧車やローラーコースターもあり。子供達が賑やかに楽しそうにはしゃぎ回っている。
建物の形も、お城や豪邸を思わせる大きな物や。大きくは無いが、普段は大人しか入れなさそうなお店を模した子洒落た建物もある。
「ここが、『おもちゃの国』」
確かに、子供心がくすぐられそうな場所だ。
「ピノキオは何処に?」
『こっちです!』
踏み入れた「おもちゃの国」は、あちらこちら投げ捨てられたゴミや食べ溢し等が散らばり。不快な気持ちを抱きながら、出来るだけそれらを避けて進んで行く。
『此処です!』
コオロギは、可愛らしいデザインのお菓子の家へと私を案内してくれた。
その外装は、クッキーを思わせる壁と屋根。それらに生クリームやカラフルなチョコレートのような装飾が、可愛く美味しそうに飾り付けられている。
私はミルクチョコレートの板チョコを思わせるドアを押し開け、まずは恐る恐る中を覗き見た。
中は甘い匂いが立ち込めており。外の光とは違い、白やピンクを基調とした淡い色合いの装飾だ。
そして、甘い匂いの正体は。室内の真ん中で流れ出る大きなチョコレートの噴水だった。子供達は自分の服や体がチョコレートに塗れるのも構わず、楽しそうに遊びながら味わう。
室内にはチョコレートの他にも、テーブルにケーキやクッキー等の様々なお菓子が置かれ。花瓶には鮮やかな色どりの棒つきキャンディーが差さっていた。何人かの子達はそのキャンディーを口に頬張っている。
その中に、知った人物が居た。
「ピノキオ!」
私はドアを大きく開け、室内へと入っていく。
「あっ! アリス!」
呑気な声が、私へと向けられる。
「何してるの!? こんな所で!」
自分でも驚く程、キツめの声が出てしまう。
しかし、ピノキオの様子は変わらず呑気であった。
「友達にね、連れてきて貰ったんだー! ここ、とーっても楽しい所なんだよ!」
「とっても楽しい所?」
「うん! この家はたくさんの甘くて美味しいお菓子が食べ放題だし、他の場所ではおもちゃがたくさんでずっと遊んでいられるんだよ! しかも、壊しても汚しても誰にも怒られないんだ!」
成程、まあ。夢のような場所には、きっと違いない。
「他にも、初めて見る物がたくさんで……」
「じゃあ、もうピノキオは家には帰らないの?」
「えっ?」
私の言葉に、ピノキオは不思議そうに首を傾げる。
「何言ってるの、アリス?」
「だって、此処。楽しいんでしょ?」
ピノキオはさらに不思議そうな顔をする。
「ジェペットさんに何も言わないで、こんな遅くまでこんな遠くまで来て。ジェペットさんと私がどれだけ心配したと思ってるの?」
「ごっ、ごめんよ、アリス……」
ピノキオは私が少し怒っているのを察し始めたのか、弱々しい声を出す。
「ほら、せっかくだからこのお菓子でも食べ――」
「いらない」
冷たく言い放った私の言葉に、ピノキオはビクッと肩を震わせる。
「私とジェペットさん、ピノキオの為に今日はいつもよりご馳走を作ってずっと待ってたのに……私達の料理より、お菓子の方が良いんだね」
「そっ、そんな事ないよ! ごっ、ごめん……ぼく、知らなくて……」
「知らなかったら、遅くまで遊んで心配させても良いんだ」
ピノキオは返答を詰まらせて、顔を俯かせた。
「ごめん、なさい……」
か細い声が聞こえて来る。
「ごめんなさい、アリス……ごめんなさい……」
流れる事のない涙が、ピノキオの頬を流れた気がした。
「ごめんなさい、アリス……もう、二度としないから……だから、その……」
ピノキオはキュっと目を瞑る。
「ぼくのこと、嫌いにならないで!」
勢いに任せて放たれた言葉に、私は一瞬硬直してしまう。
「アリス?」
不思議そうに、ピノキオが顔を上げる。
「私も……」
先程よりも、興奮が治まった私は静かに口を開く。
「ちょっと、怒りすぎちゃってごめんね。ピノキオの事、嫌いになったりはしないよ」
でも……と、私は言葉を続けた。
「今日の事はちゃんと反省してね」
そう言うと、ピノキオは安堵した表情で「うん!」と元気良く頷くのだった。
『いやぁ、アリスさんが怒り出した際には。どうしたら良いかと思いました……』
すると、今まで静かだったコオロギが声を掛けてくる。
「あっ、コオロギさん!」
「ピノキオ、気が付いてなかったの?」
「うん。最初にアリスを見つけて、それからアリスが怖くて全然気が付かなかった」
そんなに? そんなに、怖かった?
私とジェペットさんが心配したにも関わらず、呑気な様子だったピノキオに怒りは込み上げてしまったが……。
『なかなかの迫力でしたよ、アリスさん』
なんか、恥ずかしくなってきた……。
「それよりピノキオ、早く家に帰ってジェペットさんにもちゃんと謝ろうね」
「うん! 分かった」
「とりあえず、早く此処から――」
「――オイ、ピノキオ。何してんだよ?」
その時、一人の少年が私達の所へとお菓子を貪りながらやって来る。
「誰だコイツ?」
少年は私やピノキオより少し背が高く、痩せ型。蝋燭のように白い顔は、しかし儚げよりも、ふてぶてしさを醸し出していた。
「この子はアリス! ぼくの大好きな子だよ!」
なんか、誤解を生みそうな紹介だな……。
「アリス、この子は“燈心”って呼ばれてるぼくの友達だよ!」
うん、この子だな。ピノキオを唆して此処に連れてきたのは。
「んだよ、ちんちくりんのチビじゃねーか」
うるさいな、この枯れ木野郎。
「ピノキオ~。お前、こんなんが好きなのかよ~」
「うん、大好きだよ!」
多分、二人の中で“好き”の意味が噛み合ってない……。
「あっ、ぼくね。もうアリスと一緒に帰る事にしたんだ! 君も一緒に帰る?」
「はあ!? 何言ってんだよ!」
ピノキオの言葉に、燈心は顔を顰める。
「せっかく、一生遊んで暮らせる所に来たのに。帰るなんてありえねーだろ!」
「でも、お父さんがお家で……」
「父ちゃんも母ちゃんも、うるせーし怒るし、居なくなってせいせいしてんだぜ。ここでは、大人に怒られる事しても絶対怒られねーし!」
「でも……」
「なんだよ! 友達のよしみで、お前も連れてきてやったのに! ピノキオ、お前、俺の友達じゃねーのかよ!」
「とっ、友達だよ!」
「友達だったら、何でも一緒にするもんだろ!」
「でも、お父さんが……」
「父ちゃんと俺、どっちが大事なんだよ! 帰るんだったら、もう絶交だかんな」
話を聞かない子だな……。
「ちょっと」
我慢出来ずに、私は口を挟む。
「貴方、いい加減に――」
「うっせー! 黙ってろブス!」
その時、私の平手が彼の頬へと叩き付けられた。
バチンと、子気味良い音が響き。お菓子に夢中だった子供達も、私達へ視線を向ける。
「うっさいのはどっちよ」
さっきからイライラしていたのが、私の中で一気に爆発してしまう。
「何でも言う事を聞いてくれる相手の事を、友達とは言わない」
「テメッ、何すんだよ!!」
私に拳を振り上げてきた彼に、今度は反対の手で平手打ちを食らわせた。
「自分より弱い存在に、暴力で解決しようとするのは情けない男がする事だよ」
「テメーのどこが弱いんだよ、このブス!!」
再び、私の平手が彼の頬を襲う。
「痛ぇーな!!」
「体罰です」
「お前の方が暴力的すぎんだろ!!」
「口で言っても駄目なら手で言うまで」
『アリスさん、完全に口より先に手が出てましたよ』
コオロギの幽霊がボソっと言った。
アレ? そういえばそうかも。
「てか、此処は一生遊んで暮らせる夢のような場所なんかじゃ無いし」
私の言葉に、室内の子供達が驚愕の声をあちこちで上げた。
「んな訳ねーだろ! 嘘つくんじゃねえ!!」
燈心の言葉に、他の子供達も「そーだそーだ!」と口々に私への批難の声を向ける。
「どういう事なの、アリス?」
「此処はね、遊び惚ける子供達をロバに変えて売り飛ばしてしまう……恐ろしい場所なの」
再び驚きにざわつく室内。
「そんな……」
ピノキオは落胆した様子で肩を落とす。
「んなの嘘に決まってんだろ!!」
燈心が叫ぶ。
「本当だよ」
きっぱりと私は告げる。まあ、多分信じては貰えないだろうけど。
「あなた達は、このまま遊んでいれば。私は、ピノキオを連れ帰りに来ただけだし」
私はピノキオの手を取り、「行こう」と出口へと進み始める。
『アリスさん、危ない!!』
その時、コオロギの声が響く。
「うるせー!! このチビブス女が!!」
振り返ると、燈心が私へと拳を振り上げながら襲い来ていたのだ。
「さっきのお返――」
しかし、彼の大振りな拳を横に動いて屈みながら避け。勢いよく向かってきた燈心の足に、自分の足を出して引っ掛ける。彼は前方へと、思いっきり転倒した。
「わぁっ!!!?」
私の反撃に燈心はうつ伏せに倒れながら、顔だけを上げる。
「クッソ……!!」
忌々しそうに私を見上げる燈心。
その時、彼の耳からピョコっと長い動物の耳が生えて来る。フサフサとし、細長いその耳はまるで……。
「君、ロバの耳が生えてきてるよ!」
ピノキオが驚きながら叫ぶ。
言われた燈心は、慌てて自分の耳を触る。いつもと違う感触に、彼のふてぶてしかった表情はみるみるうちに青ざめていった。
「なんだよ、コレ!!」
叫ぶ彼のお尻から、追い打ちを掛けるように長く先端だけフサフサの毛が広がる尻尾が生えて来る。
「今度は尻尾が!」
再び叫ぶピノキオ。
そして、本人は自分のお尻に今まで無かった存在を確かめ唖然とする。
「何だよ、コレ……」
さらに、彼の手は五本の指が消え。丸みを帯びた動物の足へと変貌を遂げていた。
続いて、足、顔、体と……あっという間に、燈心はロバの姿へと変わってしまっていたのだった。
その光景を、ただただ茫然と見つめていた他の子供達が徐々に悲鳴を上げ始める。
「ロバになったー!!」
「本当にロバにされちゃったよー!!」
パニックになる室内。
あちこちで泣き声や、「お母さんー!!」「もう家に帰る!!」という叫び声が上がった。
「ヤダー!! ロバになんかなりたく……」
その時、泣きじゃくって喚いていた少女の耳からも。ロバの耳がピョコっと生えて来る。
「イヤァァァアアアア!!」
響き渡る悲鳴。
彼女を皮切りに、中にてお菓子を貪っていた子達はどんどん姿を人間からロバへと変えていった。
「ピノキオ、こっち!」
茫然としていたピノキオの手を取り、私は建物を飛び出す。
とりあえず、早く此処から離れなければ……外に出ると、そこは既に夢のような「おもちゃの国」はもう存在しなかった。
先程まで。愉快そうな音楽と光りが踊る空間で、共に聞こえていた楽し気な子供達の声は消えており。代わりに、悲鳴と泣き声……そして、ロバの鳴き声があちこちから聞こえて来る。
『アリスさん、こっちです!』
コオロギの幽霊が声を掛けてくれ、私はピノキオの手を引き再び駆け出す。
夢中で走った先は、私が帽子屋に連れて来て貰った小屋の傍の森林であった。
「……此処まで来れば、とりあえずは」
何とかなるであろう……私は荒くなった息を整える為、ペタンと地面に座り込む。
『本当に、子供達がロバになってしまうなんて……』
「早く、こんな所……出なくっちゃ……」
しかし……此処は何処かにある島。歩いて帰る事は不可能で、必ず船が必要である。
私一人だったら、もしかしたらまた帽子屋に鏡を使って脱出させて貰えるかもしれないが。それでは、ピノキオと共に家に帰る事が出来ない。さて、どうしよう……。
「ねぇ、アリス……」
すると、隣で同じように座り込んでいたピノキオが。か細い声で、私へと声を掛けて来る。
「どうしたの、ピノキ――」
振り返り、彼へと顔を向けた瞬間。私は言葉を失った。
「どうしよう、アリス……」
何故なら、彼の両耳は「おもちゃの国」で遊んでいた子供達と同じロバの耳が。そして、お尻からは長い尻尾が生えて来ていたからだ。




