操り人形と“アリス”⑫
「鏡の中は、特別でね。限られた存在しか中を通れないんだ」
反射をして鏡状態になった窓を抜け、ピノキオの居る「おもちゃの国」を目指しながら帽子屋が言う。
「どうして?」
「うーん、どうしてだろうね?」
「いや、聞いてるの私なんですが……」
「“そういうもの”なんだよ!」
詳しい事は彼も知らないのか、それとも私に伝える気がないのか……。
「ボクの事を疑ってるんだね! ヒドイよ“アリスー”!」
……相変わらず、何を考えてるのか読めないな。私の思考は筒抜けな分、なんかムカつく。
「君、最近ワザと心の中で辛辣な事言ってる?」
まあ、そんな事より。
「そんな事!?」
早くピノキオを助けに行かなければ。
「ねえ、“アリス~”!」
……うるさい。
***
その後も、何やら帽子屋に色々言われた気がするが面倒だったので良く覚えていない。
「酷いよ“アリスっ”!!」
そして、彼のお陰で無事に私は「おもちゃの国」へと辿り着くのであった。
「ボクもついて行こうかい?」
「いえ、大丈夫です」
鏡から抜け出ながら、私は続ける。
「ここまで送ってくれただけで、とっても助かりました。ありがとうございます」
頭を下げて、私はまだ鏡の向こう側に居る帽子屋へお礼を述べた。
彼の事だから、嬉しそうな声でも上げて来るかと私は内心覚悟を決めたが……。
「……君に“ありがとう”なんて言葉を貰えて、すっごく嬉しいよ」
と、予想外にも穏やかなリアクションで少し肩透かしを食らって――
「ごめんよ! 君の期待を裏切ってしまって!! この喜びを今から全身で――」
「いえ、結構です」
きっぱり言いながら、私は鏡から顔を出してきた帽子屋を押し戻す。
……迂闊に何も思考出来ないな。
「あっ、でも。お世話になりっぱなしもアレなので、今度何かお礼をします」
少し何を要求されるか怖いが……。
「ボクが君に酷い事なんか要求しないよ!」
それに……と、彼は続けた。
「ボクは、君の役に立てるだけで嬉しいから気にしないで」
思ってより、ずっと優しい人だな……と、私が思ったのも束の間。
「あっ、でも! 折角だから、“アリス”の作ったご飯食べたいなー!」
「……味と見た目の保障が無くても大丈夫でしたら」
暗い表情で私が言うと、帽子屋は楽しそうに笑い出す。
「楽しみにしてるね! じゃあ、気を付けて!」
そう言って手を振り、帽子屋は鏡の中から消えて行くのであった。
「……さて」
私は辺りを見回す。
帽子屋に送って貰ったそこは、何処かの倉庫のようである。電気は無く、一つだけある窓から差し込む月明かりだけが何処に何があるかを教えてくれていた。
私が出てきた鏡は、私より背の高い姿見で。二か所程、ヒビが入り少々くすんでいた。
そして、他には乱雑に置かれた木箱や。壊れたり色褪せた木馬や積み木やぬいぐるみ等の玩具が、哀愁と埃の匂いを漂わせて散乱しているのであった。
『アリスさーん!』
すると、コオロギが私の元へと飛んでくる。
『ご無事に到着されたんですね!』
「貴方も、無事で良かった」
『私は幽霊ですので、これ以上怪我も死ぬ事も出来ませんので』
うーん……彼は笑って言うが、私的には笑い辛いなあ……。
「あの、ピノキオの居場所は?」
『あっ、そうでした! ご案内致しますので、ついて来て下さい!』
そう言い、浮遊しながら進み出すコオロギの後に続き。私は歩みを進める。
早くピノキオを助け、ジェペットさんの所に戻らなければ。




