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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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操り人形と“アリス”⑪


ジェペットさんまで居なくなり、私一人きりで取り残された家の中は静寂に包まれ。不安と焦燥を、さらに募らせる。


『アリスさーん!!』


すると小さな影が、声と共にピョコっと私の目の前に飛び出した。


「貴方は……」


私の目の前で、半透明で浮遊をするのは。ピノキオと私を引き合わせてくれた、コオロギの幽霊であった。


「お久しぶりです」


初めて会った日以来、姿を見ていなかったが。


『お久しぶりです……じゃなくって! ピノキオが大変なんです!』

「えっ!?」


私はコオロギに詰め寄る。


「ピノキオに何かあったんですか!?」

『はい……実は……』


コオロギは、本日。私とジェペットさんが居ない所で、ピノキオの身に何があったのかを教えてくれた。

朝、学校へと行ったピノキオは。いつものように、きちんと最後まで授業に出席をして、いつも通りの日常を送ったそうだ。

しかし、学校が終わり家へ帰ろうとした際。以前、ピノキオの会話にも出てきた「燈心とうしん」というあだ名で呼ばれている少年に声を掛けられたのだという。


「一生遊んで暮らせる『おもちゃの国』ってのに行けるチケットを二枚貰ったんだ。お前も一緒に連れてってやるよ」


……と。


「それに……ピノキオはついて行っちゃったんですね」

『ピノキオは少し寄り道をするくらいの軽い気持ちだったんです……でも、その国は船でしか行けない島で……』

「帰って、来れなくなっちゃったんですか?」


コオロギは暗い表情で「はい……」と頷いた。


「その船は、もう出航してないんですか?」

『今日はもう……もしかしたら、明日は出ているかもしれないですが……』


言いながら、コオロギは少し声を弱くする。


『あまり、その……時間が無いんです……』


コオロギの言葉に、私は首を傾げてから。どういう意味なのかと、話を促した。


『その“おもちゃの国”というのは、一生遊んで暮らせる楽園なんかでは無く。そこで遊び惚ける子供達を、ロバに変えて売りに出す恐ろしい場所だったんです!』


ピノキオにくっついて「おもちゃの国」に潜り込んだコオロギは、その島に違和感を覚え探索をしたところ。ロバにされた子供達を目撃し、その子達を売りさばく算段を立てていた売人達の話を聞いてしまったのだという。


「と、いう事は。もたもたしていたら……」

『ピノキオも、ロバにされて売られてしまうんですー!』


想像よりも、かなりの非常事態だ。

悠長に「おもちゃの国」行きの船を待っていたら、ピノキオがロバになって売られてしまう……どうすれば。


――お困りなら、力を貸そうかい? “アリス”


聞き覚えのある声が、私の耳へと柔らかく届く。

振り返ると、窓から差し込む月明かりが。穏やかで優しく、キラキラと反射して輝きを増しだす。


「やあ、ボクの“アリス”! 会いたかったよ!」


輝きを放った月の光の粒達が、集まって帽子屋の姿を象る。

帽子屋の姿は、以前エラさんと一緒に居た時に纏っていたローブ姿だ。


「……どうも」


イマイチ、やっぱり。彼のノリには慣れない。


『アリスさん、彼は何者なんだい?』

「……顔見知りの一応魔法使いの人」

「顔見知りだなんて! ボクと君はそんな浅い関係じゃあないだろー!」

「存じ上げません」

「そんなー! ボクはこんなにも君が大好きなのにー!」


私はため息を溢した。

帽子屋の噛み合わない会話に、コオロギは戸惑いの表情だ。


「それよりも……」


このまま、彼のペースに飲まれてしまっては話が前に進まない。事態は一刻を争うのだ。


「あの、お願いがあります」


私の言葉に、帽子屋は笑顔で私へと視線を向ける。


「私を今すぐピノキオの所に、『おもちゃの国』に連れてって下さい」


前にエラさんを追いかけ舞踏会へと行った際、鏡を抜けて一瞬のうちに目的の場所へと到達した。その方法を使えば……。


「勿論、君の頼みならば何でも叶えてあげるよ」


ただし……と、彼は笑顔のまま言葉を続ける。


「ボクが連れて行くのは、“アリス”だけだよ」


帽子屋はコオロギの幽霊へと顔を向けた。


「大変申し訳ないが、君は再び自力で操り人形君の元へと行って貰えるかな?」

「ちょっと、それは冷たいんじゃ――」

『良いんですよ、アリスさん』


コオロギは優しい声で、私を制する。


『御心配には及びません。私は幽霊。自由自在に、行きたい場所に行く事が出来ます』


ただ……と、コオロギは小さな声で続けた。


『私はちっぽけな虫で、今となっては何の役にも立てない幽霊です……ピノキオを助けてあげる事も出来ない』


そして、コオロギは私へと。その小さな頭を深々と下げる。


『お願い致します。こんな危険な事を、アリスさんのようなお嬢さんにお願いするなんて情けないのは重々承知しておりますが……どうか、ピノキオを助けて下さい』


そんなの……。


「そんなの、当たり前じゃないですか。ピノキオは、大事な友達なんですから」


私の言葉に、コオロギは嬉しそうに微笑み。『では、また後で!』と、浮遊し飛んで行くのであった。


「これで、満足ですか?」


私は帽子屋へと少し冷たい視線を向け、尋ねる。


「流石に、ちょっと傷つくよ。“アリス~”」


眉だけを下げ、帽子屋が困ったように言う。


「ボクは彼を“連れて行かなかった”訳じゃなくて、“連れて行けなかった”んだ」

「それって、どういう事ですか?」

「まあ、ともかく先に。操り人形君の元へと向かおうか」


帽子屋は私の手を取り、月明かりに照らされる街並みを映す窓へと手を伸ばすのであった。

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