操り人形と“アリス”⑩
それから、四日の時が経った。
悲しい事実を知ってからも、ピノキオはめげる事なく学校へと通っていた。
「大人になれないのは嫌だけど……ぼく、知らないことたくさん知れるのは楽しいんだ!」
少し悲しみを紛らわせるような笑顔だった気がする……今のピノキオに、我儘で思慮深さが足りずに痛い目をみていた木製人形の姿は無い。
勉強だって、学校で分からなかった所を私やジェペットさんに尋ねて理解をし。家に居る時は、私と一緒に家事の手伝いをした。
ピノキオは、きっと心は人間になろうと懸命に励んでいるのだろう。
その姿は、少しエラさんと重なった。
逆境にもめげず、不貞腐れず頑張る姿。そんな姿を見ていたら、彼の願いが叶う事を祈ってしまう。
……そういえば、あの日以来。夜が来て就寝しても、私の夢に帽子屋がやって来なくなったなあ。
呼んでない時には来る癖に……いや、いつも冷たくあしらってしまっているのに、それも失礼な話か。
「ジェペットさん、洗濯物終わりました」
外に洗った衣服を干してから、私は家の中に入りジェペットさんへと報告。
「ありがとう、アリスちゃん。毎日、手伝ってくれて大助かりじゃよ」
「いえ、長い間お世話になってますし。それに、色々出来るようになってきたのはジェペットさんが教えてくれたからです」
家事の仕方など知らなかった私が、少しでも役に立てるようになったなら。それは、無知な私に優しく色々教えてくれたジェペットさんのお陰に他ならない。
「そうだ、アリスちゃんも。ピノキオも学校で頑張っているし、今日はご馳走にしよう」
「良いですね」
私はともかく、ピノキオは本当に頑張っている。ご褒美があっても良いだろう。
「すまないが。また、夕飯の準備の手伝いをお願いしても良いかのう?」
「はい、もちろん」
以前より、野菜を切るのも少しは上達している……はず。だから、今夜のご馳走ではピノキオに笑われないように頑張ろう。
私は心の中で決意を固めるのであった。
***
出来は……まあ、その……初日に比べれば、上達した方……な、はず……。
「綺麗に切れておるから、気にせんで大丈夫じゃよ」
自身で切った野菜を、硬い表情で眺めていると。ジェペットさんが笑いながら言ってくれる。優しさが、少し沁みた……。
「ピノキオ、早く帰って来て欲しいですね」
「ああ、そうじゃね」
元気にドアを開け、「ただいま!」と声を弾けさせて入ってくる彼の帰宅を心待ちにしながら。私とジェペットさんは夕飯の準備を進める。
――しかし、いつもは夕飯が出来上がる前に帰宅していたピノキオが。準備も終わり、出来上がって後は食べるのを待つだけの状態になってからもなかなか帰って来なかった。
「……ピノキオ、どうしたんでしょうね」
「いつもは、こんなに遅くはならんが……友達と、寄り道でもしとるんじゃろうか……」
私とジェペットさんは、心配気な顔で見合わせる。
「そうですね……仲良しの子が、結構出来たと言っていたので……」
きっと、少し長話をしているのだろう。学校は読み書きの勉強をするだけではなく、他者とのコミュニケーションも立派な勉強に含まれる。
いつもより、少し帰りが遅いくらいで……と、私とジェペットさんは思い。彼の帰りを待ち続けた。
しかし、いつまで経ってもピノキオは帰って来なかった。
温かな湯気を放っていた夕飯はすっかり冷め、私達の不安は焦燥へと変わっていた。
「アリスちゃん、先に食べていなさい。ワシは、ピノキオを捜してくるよ」
「それなら、私も――」
「ダメじゃ」
椅子から立ち上がろうとした私に、ジェペットさんのいつもより鋭い声が響く。
「もう大分日も暮れ、外は暗い。女の子が出歩いたら危ないじゃろう」
「……はい」
「何、ピノキオの事じゃ。近くで少し遊び過ぎているだけじゃろ」
いつも通りの穏やかな笑顔が私の頭を撫でながら向けられる。
ジェペットさんだって心配で堪らないはずなのに、私を安心させようと……。
「アリスちゃんは家で待っていておくれ」
そう言うと、ジェペットさんはドアを開け。外へと駆けて行くのであった。




