操り人形と“アリス”⑨
いや、分からなくは無いけどさ……。
起床一番に、私は思う。
ただ、“宝探し”には明確な目的がある。だが、私の場合は少し違うではないか。
自分の記憶が欲しい訳では無く、無いと不便だからという理由で欲しているだけ。その捜索に、あまり意欲的にはなれなかった。
「やあ、アリスちゃん。おはよう」
目を覚ましても尚、少しソファーで横になって思考を巡らせていた私に。ジェペットさんの優しい声が掛かる。
「……おはようございます」
本日も、私は朝に弱い。頭は既に起き上がっているのだが、体が言う事を聞いてくれない。
「アリスー! おはようー!」
「うっ……!!」
私の身体の上に、ピノキオが思いっきり飛び乗って抱き着いて来る。
「アリスは今日もお寝坊だねー!」
楽しそうにピノキオが言う。
「……ピノキオ、重い」
乗らないで欲しい……。
「コラ、ピノキオ。女の子に何てことをするんじゃ」
ジェペットさんがピノキオの脇を抱え上げ、私から体を持ち上げる。
「女の子?」
ピノキオが首を傾げた。
「お前は男の子、アリスちゃんは女の子なんじゃよ」
「ぼくとアリスは違うの?」
「ああ、そうじゃぞ」
ジェペットさんはピノキオを床へと降ろし、目を合わせながら続ける。
「女の子は、男の子よりか弱いのじゃ。だから男の子は、女の子を助けてあげたり優しくしてあげるものなんじゃよ」
ジェペットさんの言葉に、ピノキオが「そっか……」と声を溢す。
「じゃあ、ぼくはアリスのこと。助けて、優しくしてあげなくちゃなんだね!」
「ああ、そうじゃよ」
笑顔で頷くジェペットさんに言われ、ピノキオは私へと向き直る。
「アリス! ぼく、アリスのこといっぱい助けて優しくするね!」
「いや、そんな……」
お構いなく……。
「ぼくにまかせてね、アリス!」
「や、あの……」
いや、まあ……少しこそばゆいが、断ってピノキオのやる気を削いでもアレかな……。
「う、うん……」
私が頷くと、ピノキオは「ヤッター!」と両手を上げるのであった。
――それから、朝食を食べ終えると。ピノキオは本日も意気揚々と学校へ出掛けて行った。
「ジェペットさん、お皿洗い終えました」
私はジェペットさんの作業場を覗き込みながら言う。
「ありがとう、アリスちゃん」
優しい笑顔が私へと向けられる。
「新しい人形作ってるんですか?」
作業机の傍まで来て、私はジェペットさんの手元を覗き込んだ。
「ああ。新しい、ワシの子供じゃよ」
ジェペットさんの手には、まだ顔も出来ていない削りかけの木の塊があった。
「どんな子が出来るんですか?」
「それは、出来てからのお楽しみじゃよ」
楽しそうに笑いながら、ジェペットさんは言う。
ジェペットさん自身も、心底楽しみそうなので。私も表情が少し綻んでしまう。
「ジェペットさん、次にやっておく事ありますか?」
お皿は洗ったので、次は何の手伝いをしたら良いだろうか?
「そんな気を遣わんでも、ゆっくりしていて大丈夫じゃよ」
「いえ、お世話になっている分。お手伝いしたいんです」
泊まらせて貰って、食事まで頂いてしまって。何もしないのはとても心苦しい。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかのう」
私の意を汲んでくれたのか、ジェペットさんは優しく告げてくれた。
「じゃあ、洗濯物をお願いしようかのう」
「はい、分かりました」
「やり方は分かるかのう?」
そこで、私は一瞬立ち止まる。脳内で洗濯の仕方を検索するが、思い当たる方法が見当たらない。
「……分からないです」
恥ずかしい……偉そうに、手伝いたいと言った癖にやり方を知らないなんて……。
熱を増す顔を俯かせていると、穏やかな笑い声が聞こえて来る。
「良いんじゃよ」
顔を上げると、大きく温かな手が私の頭に触れ、優しい笑顔が照らし出す。
「知らない事は恥ずかしい事じゃあない。ピノキオだって、知らない事を沢山知って成長しておる」
確かに。ピノキオは、失敗を繰り返しながらも。それを教訓にして、色んな事を学んでいっている。
「ワシが教えてあげるから、一緒にやってみよう」
「……はい」
ジェペットさんは立ち上がり、私に洗濯の仕方を教える為に洗い場へと連れて行ってくれるのであった。
***
「ただいま! お父さん、アリス!」
日が陰った頃、元気にピノキオが帰ってくる。
私とジェペットさんはそれぞれ、「おかえり」と声を掛けた。
「ご飯、まだ出来てないからもう少し待っ――」
「ねえ、アリス!」
声を掛ける私の言葉を遮って、ピノキオが私へと勢い良く詰め寄った。
「ぼく、今日学校でね、“燈心”って呼ばれてる男の子がね、アリスと同じ女の子の事泣かせてたんだ!」
「そっ、それは酷い話だね……」
「だからぼく、お父さんに教えてもらった通り、『女の子には優しくしなきゃダメだよ』って言ったんだ!」
「偉いね、ピノキオ」
と、私が言うと。ピノキオは「えへへ!」と照れた表情をする。
「あっ、それでね!」
しかし、直ぐに話を元へと戻す。
「そう言ったら、彼。『こいつの事好きなのかよ!』って言ったんだ!」
子供っぽい当てつけだな……と、私は心の中で思った。
「だから、ぼく言ったんだ! 『ぼくはその子より、アリスの方が好きだよ』って」
予想外の私の登場に、私は眉を寄せて「えっ!?」と硬直してしまう。
いや、まあ……ジェペットさんと同じような意味の“好き”であるとは分かっているが。
「そしたらね!」
あ、まだ続きがあるんだ。
「『誰だよそれ!? お前、そいつと結婚するのかよ?』って言われたんだ!」
かなり跳躍したな……。
「でね、結婚って何? って、ぼく聞いたんだ」
まあ、そうだよね。
「そしたらね、彼が『結婚っていうのは、好きな人同士が一緒に暮らしてお父さんとお母さんになることだよ』って、教えてくれたんだ!」
意外と親切だなあ、“燈心”君。
「だから、ぼく! 『うん、ぼく、アリスと結婚する』って言ったんだ」
「いや、あの、ピノキオ……結婚っていうのは、そういう事では……」
「そしたらねそしたらね!」
結構、大切な事を言いたかったが聞いてくれない……。
「『結婚っていうのは、大人にならないとできないんだぞ! お前、人形だから大人になれないだろ!』って……」
そう言うと、ピノキオの瞳が暗く曇る。
「ねえ、アリス……ぼく、大人になれないの?」
そ、それは……。
「そうじゃよ、ピノキオ」
私の背後から、ジェペットさんがはっきりと告げる。
「お前は、木で出来た人形じゃ。大人になる事は出来ん」
冷酷にも思える程、きちんと告げるジェペットさん。しかし、彼の瞳にも悲しげな影が見えた。
「そんな……」
ピノキオの瞳から、涙は流れない。しかし、私にはその目に雫が浮かんでいるように感じた。
「ぼく……ぼくも、大人になりたい……」
「ピノキオ……」
ジェペットさんは、優しくピノキオを抱きしめる。
「すまぬな、ピノキオ……しかし、お前が人形でも関係無く。ワシはお前を愛しているよ」
「……でも……ぼく……」
大人に……大きくなりたいよ……と、か細い声が聞こえてきた。
「ピノキオ……」
私は……私は彼に、何をしてあげられるのだろうか……魔法の力でも使えれば……。
そういえば、エラさんの時も。私は何も出来なかったな……。全部、結局。帽子屋と幸運に助けられたようなものだった。
気を落とすピノキオの頭を撫でるジェペットさん。二人の姿を見つめながら、私は鈍く重い痛みを胸に覚えるのであった。




