操り人形と“アリス”⑦
それから、掃除を終わらせ。夕飯の準備をするジェペットさんの手伝いをしていると、本日は無事にピノキオが学校から帰ってくる。
「ただいま! お父さん、アリス!」
明るい声を弾けさせながら、家の中へと飛び込んで来るピノキオ。
「おかえり、ピノキオ」
ジェペットさんに続き、私も「おかえり」と返した。
「もうすぐご飯が出来るから、手を洗っておいで」
「はーい!」
素直に手を洗いに行ったピノキオが戻って来てから、私達は夕飯を食べ始める。
「ねえねえ!」
すると、シチューを食べながらピノキオが声を掛けてくる。
「どうして、野菜の形。大きさバラバラなの?」
スプーンに人参を掬った状態で不思議そうに尋ねるピノキオ。
私は気まずそうに、明後日の方向へと視線を逸らす。
「それはのう、ピノキオ」
ジェペットさんが笑いながら口を開く。
「料理を初めてしたアリスちゃんが、一生懸命切ってくれたからじゃ」
「アリスが?」
そう……手伝いをしたは良いが、残念な事に料理の知識は所持していなかった私は。ギコチない手つきで野菜を切り、不揃いの形を形成してしまったのだ。
「アリスが一生懸命だと、野菜はバラバラなの?」
そうではない……。
「違うよ、ピノキオ。初めて、一生懸命やってくれたからじゃよ」
笑いながら言うジェペットさんの言葉に、ピノキオは首を傾げる。
「初めてする事を、最初から上手に出来る人なんてそうそうおらん。綺麗に同じ大きさに切れるようになるのにも、何回も練習が必要なんじゃ」
「じゃあ、何回練習すればアリスは上手になるの?」
「それは、人それぞれのペースがあるから分からんよ」
ジェペットさんがそう言うと、ピノキオは「そっか!」と明るい声を出す。
「がんばってね、アリス!」
「うっ、うん……頑張ります……」
……明日も練習させて貰おう。なんか、ちょっと悔しいし。
「ピノキオは、学校どうだった?」
私の事なんてどうでも良いのだ。本日はピノキオの初登校日。どんな感じだったか、私もジェペットさんも気になっていたのだから。
「楽しかったよ! 学校の子達、みんな優しかったし。いっぱいおしゃべりしたんだ!」
嬉しそうな様子のピノキオに、私とジェペットさんは安堵する。
「でも……」
が、突然。彼の様子が少し暗くなる。
「先生が何を言ってるのか、よくわからなかったんだ……」
「何か、言われたのかい?」
心配そうに、ジェペットさんが覗き込む。
「教科書の十ページをよみなさい、って言われたんだけど。よく分からなくって……」
「ピノキオ、もしかしてまだ字が読めないの?」
「字?」
私が尋ねると、ピノキオが首を傾げる。
「あー……後で教科書、見せてくれる?」
私に言われ、ピノキオは「いいよ!」と早速席を立ち上がり。学校に持って行った茶色いショルダーの鞄から、本日買ったばかりの教科書を取り出して私の所へと持ってくる。
「はい、アリス!」
「“後で”で良かったのに……」
「ねえねえ、アリス! “字”って何!?」
私の言葉を耳に入れず、好奇心旺盛な瞳を向けて尋ねるピノキオ。
仕方なく、私は先に彼の質問に答えてあげる事とした。
「“字”って言うのは、コレの事だよ」
私は教科書の中を開き、文字一覧のページをピノキオに見せながら言う。
「へえー……」
「私達が話してる言葉を、書く時に使うの」
「そうなんだ!」
感心したように言ってから、ピノキオは「でも……」とまた表情を曇らせる。
「これで、どうやって言葉にするの?」
うーん……何とも、回答の難しい質問を向けて来るなあ。確かに、文字を知らない人が初めて見たら。これが何でどう使うのか、さっぱり分からないのも当然か。
「のう、ピノキオ」
私が困惑していると、ジェペットさんがピノキオに声を掛ける。
「お前の名前を、文字にするとな……」
そう言い、ジェペットさんは私が開いていた教科書のページにシワシワに細った指を当てた。
“ぴ” “の” “き” “お”
ジェペットさんの指が、彼の声と共に滑っていく。
「こう書くんじゃぞ」
すると、ピノキオの木の目玉が。嬉しそうな輝きを放ったような気がした。
「すごいー! ねえ、すごいよアリス!」
興奮するピノキオ。
「ねえねえ! これ、ぼくも書けるようになれる!?」
「ああ、練習すればのう」
「わーい! ぼく練習する!」
大喜びするピノキオに、ジェペットさんは「じゃが……」と言葉を続けた。
「とりあえず、先にご飯を食べなさい。折角、アリスちゃんが野菜を切ってくれたシチューが、冷めてしまうからのう」
ジェペットさんの言葉に、私とピノキオは「はーい」と声を揃えて夕飯を再開するのであった。
「アリスも野菜切る練習がんばろうね!」
「……うん」
明日、頑張ろう。そして、ピノキオが字を覚えるより早く、上手になろう。




