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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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操り人形と“アリス”⑥


アイツかい……!!


私は心の中で、ニコニコと貼り付けたような笑顔の帽子屋を思い起こす。

“お礼”とはこういう意味だったのか……まあ、お陰で。ピノキオが教科書を買い直す事が出来たので、感謝するべきなのだが……。

また調子に乗ったように「好きになった?」とか言って来られたら面倒なんだよな……と、素直に感謝をする事は憚られてしまう。


「ありがとうね、アリスちゃん。食器の片づけだけじゃなくて、掃除までやってもらってしまって」


私は雑巾で埃を少し纏った木製人形達を拭きながら振り返る。


「全然大丈夫です。一宿一飯の御恩がありますので、このくらい」


エラさんの家に住みつかせて貰った時は、義母や義姉達に見つかってはいけなかった為にドレスを作る針仕事くらいしか出来なかった。なので、きちんとお手伝いを出来て寧ろ私は嬉しかった。


「アリスちゃんは、小さいのにしっかりしてるねえ」


木材を削り、新しい人形の作製をしていたジェペットさんに微笑みながら言われる。


「学校には行って無かったのかい?」

「いやー、それはー……」


正直、全く分からない……。


「見た目はピノキオと同じくらいなのに、言葉使いもしっかりしておるし。色んな事を知ってるようじゃしなあ」


確かに、そういえばそうだ……と、私はジェペットさんの言葉で気が付いた。

私は自分の事は一切分からないし憶えていないにも関わらず、物事や常識等は割と覚えている。

あの帽子屋に聞けば……いや、なんかはぐらかされそうな気がするな……彼は本当に知りたい事は、いつも煙に巻くのだ。

彼は、私の何を知っているのだろうか……。


「そう、焦らんでも大丈夫じゃよ」


思案を巡らせていると、ジェペットさんの優しい声が私を脳内の世界から引き戻す。


「アリスちゃんが忘れてしまっても、君の親御さんやご家族が捜してくれとるはずじゃ。きっと、迎えに来てくれるわい」


親か……私には、そんな存在が居てくれたのだろうか。そして、愛してくれていたのだろうか……。

空っぽな記憶は、私に不安を芽生えさせる。


「心配してるじゃろうからのう」


……心配、してくれてるのだろうか。


「ジェペットさんは、昨夜はピノキオがとっても心配だったんですよね?」


原因の良く分からない痛みが胸にジンワリと広がってきた。私は話題を変えようと、ジェペットさんに尋ねる。


「ああ、とっても心配したよ」


私の思いには無事気づかぬまま、ジェペットさんは話してくれる。


「学校はとっくに終わっている時間なのに帰って来んし、ピノキオは元々かなりヤンチャな所があったからのう……何かあったのか、何か起こしたのか。心配で心配で堪らなかったわい」


確かに。無知故に、親切なコオロギ殺虫しちゃった子だしなあ……。


「あの子は人の形になる前。木の丸太だった頃から、よくしゃべる子でのう。いやぁ、最初は悪戯はするし、口は悪いし大変だったわい!」


豪快に笑いながら言うジェペットさん。


「でも。“手がかかる子程、可愛い”ですよね」

「良く知っとるのう」


本当、自分の名前は憶えてない癖に。何でこんな言葉知ってるんだろう。


「その通り。本当に、どうしようも無い子じゃ。昨日も、目先の欲に釣られて酷い目に遭っとるしのう」


笑いながら言うジェペットさん。


「じゃがのう……あの子は決して、悪い子では無いんじゃ。“善い事”と“悪い事”を、知らんだけなんじゃ」


コオロギの幽霊と、ジェペットさんは同じ事を言った。


「じゃがそれは、ピノキオだけ特別な訳でじゃあない。人間だって、言葉も分からない頃から親に躾けられて学んでいく事なんじゃ」


何をしたら駄目なのか、危ないのか。当たり前と思っている事だって、立派な知識なのだ。


「あの子はワシやアリスちゃんの優しさを理解出来る、根は素直な良い子なんじゃ」


確かに、私とコオロギの幽霊が教えた“ありがとう”と“ごめんなさい”を。彼はきちんと覚える事が出来た。


「焦らんで良い、ゆっくりで良い。学校での勉強だけではなく、色んな経験をして色んな事を学んでいってほしいんじゃ」


ピノキオが間違えそうになったら……もしも、間違えてしまったとしても。ジェペットさんはきっと、ピノキオの事を見捨てないのだろう。

何度も教え、時には叱責し。正しい事を、彼に教える筈だ。


「……ピノキオが、羨ましいです」


私がふと溢した言葉に、ジェペットさんは小首を傾げる。


「ジェペットさんみたいな、優しいお父さんが居て」


そう私が言うと、ジェペットさんは作業していた椅子から立ち上がり。私の頭を撫でてくれた。


「ジェペットさん?」

「アリスちゃんみたいな可愛くて優しい子のご両親なら、きっとワシなんかよりずっと素敵な人達じゃと思うがのう」


それが……私には分からないのだが……。


「じゃが、もしアリスちゃんが良いなら。此処に居る間は、ワシの事を“お父さん”と思ってくれて構わんぞ」

「ジェペットさん……」

「じゃが……ワシが作ったピノキオは、息子と言っても差支えないが。アリスちゃんじゃと、“お父さん”というより“おじいちゃん”かのう?」

「あっ、確かに!」


私が同意の声を弾けさせると、ジェペットさんは「アリスちゃんは正直過ぎるわい~」と笑い出すのであった。

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