操り人形と“アリス”③
そして、子供の足では長い道のりを歩き。私とピノキオ、コオロギの幽霊は何とか無事にピノキオの自宅。ジェペットさんの家へと辿り着いた。
「おお! ピノキオ! 無事で良かった!」
家の前まで辿り着くと、玄関から白髪に鼻眼鏡を掛けた老人が飛び出してくる。
多分、彼がジェペットさんだろう。ピノキオの姿を見つけると、彼は傍に駆け出し思い切り抱き締めた。
「心配したんじゃぞ! こんな夜遅くまで何をしとったんじゃ? 学校はとっくに終わっているはずじゃが……」
ジェペットさんがピノキオの顔を覗き込む。
すると、ピノキオは申し訳なさそうに「あの……」と言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい!」
ピノキオがそう言うと、ジェペットさんは目を丸くして驚きの表情をする。
「ぼく、今日学校行かなかったんだ……それで、あの……」
おずおずと話すピノキオの言葉に、ジェペットさんはさらに驚いて目を見開くが。
「分かったよ……とにかく、無事に帰って来てくれて良かった。続きは、家の中で聞くからおいで」
と、優しくピノキオの頭を撫でるのだった。
「ところでピノキオ。そちらの、お嬢さんは?」
ジェペットさんは二人を眺めていた私を見て尋ねる。
「あの子はアリスだよ! ぼくのこと、助けてくれたんだ!」
「そうかい、そうかい。それは、ピノキオがお世話になったのう」
優しい穏やかな笑顔が、私へと向けられる。
「さあさあ、アリスちゃんも。とりあえず、中にお入りなさい」
「えっ、でも……」
いきなり家に上がり込んでは、ご迷惑では……。
「是非、ピノキオを助けて下さったお礼をさせて下さいな」
何だかとても安心感を覚えるしわがれた優しい声に、甘えたい……と気持ちが揺れ動かされる。
『ジェペットさん優しい人だから、安心してアリスさんも休ませて頂いたらどうかな?』
初対面の方の家に、無償でお世話になるのはとても申し訳ないが……。
「さあさあ、アリスちゃん。おいで」
ジェペットさんの手招きに、私はオレンジの明かりが揺れる小さな家へと。お邪魔させて頂く事にするのであった。
「二人とも、ホットミルクでも飲むかい?」
家へ上がらせて頂くと、室内には所狭しと木製の人形やからくりの玩具が飾られていた。
その数もさながら、種類も多種多様で様々である。
「これ、全部ジェペットさんが作ったんですか?」
「ああ、そうだよ」
温かなホットミルクの注がれたカップを差し出しながら、ジェペットさんが答えてくれた。
「それで、ピノキオ」
ジェペットさんがピノキオにもホットミルクを差し出しながら声を掛ける。
「何があったんだい?」
ジェペットさんに尋ねられ、ピノキオはトツトツと本日の出来事を話し始めた。
折角買ってくれた教科書を売って人形劇を観劇してしまった事。人形劇の親方が親切で教科書を買い戻す為にくれた金貨を、再び甘い話に唆されて取られてしまった事。そして、木に吊るされていた所に私がコオロギの幽霊に頼まれてやって来た事まで。
一生懸命ピノキオが話すのを、ジェペットさんは終わるまでただ黙って耳を傾けてくれていた。
「……そうかい」
「ごめんなさい、お父さん……」
悲しそうに瞳を揺らすピノキオ。
そんな彼の頭に、ジェペットさんは優しく触れる。
「やってしまったものは仕方ない。それより、無事に帰って来てくれて本当に良かった。次からは、気を付けるようにするんじゃよ」
ジェペットさんの言葉に、ピノキオは嬉しそうに「うん!」と頷くのであった。
「アリスちゃん、ピノキオを助けてくれて本当にありがとう」
ジェペットさんは、今度は私へと言う。
「飲み終えたら、家まで送って行くよ。親御さんも、心配しているじゃろう」
「あっ、いえ……」
「お家は、どの辺なんじゃ?」
「その……」
返答し辛い質問が来てしまった……。
「実は、その……」
「ん? どうしたんじゃい?」
「あの……えっと」
もごもごと口を動かしながら、適切な言葉を頭の中で探す。
「分からなくって……」
結局、それしか浮かばなかった……。
「自分の家が、かい?」
「はっ、はい……」
私の言葉にジェペットさんは「そうかい……」と、思案顔になる。
困らせてしまっただろうか……「自分の家が分からない」というのは嘘ではないが、優しいジェペットさんに私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「それなら、家の場所を思い出すまで此処に居たら良いよ!」
ピノキオの明るい声が弾ける。
「いや、そんなご迷惑をおかけするワケには……」
「いやいや、そうしなさい。アリスちゃん」
私の言葉を遮り、ジェペットさんが優しく言う。
「迷子の女の子を、放り出す訳にもいかんしのう」
とりあえず……と、ジェペットさんは続ける。
「夜も遅いし、二人とも。もう、ゆっくりおやすみ」
安心する笑顔を向けられたのと、歩き疲れていたのもあり。私は素直に、ご厚意に甘えてしまう事にするのであった。




