操り人形と“アリス”②
ピノキオを解放する任務を終えた私は、とりあえず彼の家でもあるジェペットさんの家へと向かう事となる。
この何もない自然溢れる場所でお別れ……ってなっても、少々困るので。
『アリスさん、この度は本当に私とピノキオを助けて頂きありがとうございました』
コオロギの幽霊が丁寧に言う。
「いえ、縄解いただけで。大した事はしてないので」
「ほんとにありがとう、アリス! これで、ぼく。お父さんのところへ帰れるよ!」
隣を歩くピノキオが、嬉しそうに言った。
「貴方は、お父さんの事。好きなの?」
私が尋ねると、彼は不思議そうな顔を私へと向ける。
「“すき”って、何?」
「えっ?」
質問を質問で返され、一瞬私は戸惑った。
そうか……元、木で。人形の彼は先程「お礼」を知らなかったように、まだ知らない事の方が多いのだ。
しかし、“好き”って意味はどう教えたら……。
『“好き”とはそうだね、ずっと一緒に居たいと思える人の事かな』
私が言葉を探していると、コオロギが代わりに説明を始めてくれた。
『ピノキオがその人の為に、何かをして喜ばせて。笑顔を見たいと思える……そんな人の事を、“好きな人”って言うと思うよ』
成程……コオロギの言葉に、私も納得して感心してしまった。
「それなら、お父さんはぼくの好きな人だよ!」
嬉しそうなピノキオの声が弾ける。
「ぼくを作ってくれて、優しくしてくれるお父さんが、ぼく好きだよ!」
その言葉はとても無邪気で、心底言っているのだと私は実感した。
「だったら、お父さんがくれた教科書売ったりなんかしたら駄目じゃない」
少々厳しいと思いつつ、私が告げるとピノキオはか細く「うっ、うん……」と言う。
「でっ、でも、人形劇楽しそうだったから! ほんとに、とっても楽しかったんだよ?」
「でも、その為に。お父さんが折角貴方の為に買ってくれた教科書、売っちゃったのよね?」
「うっ、うん……」
「貴方のお父さんが教科書を買ってくれたのは、お父さんも貴方の事。好きで喜んで欲しかったからでしょ?」
「そうなの?」
純真な作り物の瞳が、私を覗く。
「そうだと思うよ」
傍で、コオロギの幽霊も『うんうん』と頷いていた。
『アリスさんの言う通り。ジェペットさんは、大好きな君に喜んで貰いたかったんだと思うよ!』
「じゃあ、ぼく……」
「家に帰ったら、ちゃんとお父さんに本当の事を話して謝ろうね」
「あやまる?」
「うん」
『人を怒らせたり、悲しい思いをさせたり。迷惑を掛けたりした時に“ごめんなさい”って言うんだよ』
「ごめんなさい……」
すると、ピノキオは突然コオロギの幽霊へと向き直った。
「ごめんなさい」
『えっ?』
コオロギと私は驚愕の表情で彼を見る。
『ピノキオ!? どうしたんだい、急に!?』
「だって……ぼく、君のこと死なせちゃったから……」
確かに、そういえば。
「ごめんなさい」
再び伝えられたピノキオの想いに、コオロギは優しい微笑みを浮かべた。
『良いんだよ、もう。それよりも、ピノキオが良い子になってくれたら私は嬉しいから』
かなり取り返しのつかない事ではあるのだが……まあ、亡くなってしまった本人が寛大な気持ちなら、無関係な人間である私は何も言うまい。
「そっか……じゃあ、ぼく。これからは絶対、良い子になる!」
元気に言うピノキオ。だが、直ぐに不安そうな表情で「でも……」と言葉を続ける。
「ぼく、何が善い事で悪い事か分からないし……まだまだ、知らないことたくさんだし……」
「知らない事は、これから勉強して知っていけば良いんじゃないかな」
『学校にもちゃんと通えば、沢山色んな事を教えてくれるさ!』
「ほんと!?」
再び、ピノキオの表情が明るくなった。
「じゃあ、ぼく。明日から学校で勉強がんばるね!」
その前に……と、彼は少々弱々しく続ける。
「帰ってお父さんに。ちゃんと、あやまるね」
ピノキオの言葉に、私とコオロギの幽霊の胸には嬉しい気持ちが込み上げるのであった。




