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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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操り人形と“アリス”①


扉を抜けると、そこは暗く。星と月の明かりだけが照らす草花が広がっていた。


「此処は……」


前回がエラさんの住まう屋根裏部屋であったので、意外な景色に首を傾げる。

ふと後ろを振り返ってみると、私が使った扉は既に無くなっており。前方の景色と同じ、静かな自然が広がっていた。

とりあえず、後戻りは出来ない事を把握した私は宛てなく歩いてみる事とする。

こんな夜に、知らない場所に放り出されるのは少々恐怖を感じた。せめてこんな開けた所では無く、もう少し落ち着けそうな場所を……。


――お嬢さん


ふと、声が聞こえてくる。

しかし、辺りには人の気配はおろか。動物の姿も見当たらない。


――こちらだよ、お嬢さん!


再び聞こえて来る声。

どうやら……というか、他に人の気配は無いし確実に。私を呼んでいるようだ。私は左右に視線を動かし、辺りを見回す。


『お嬢さーん!』


すると、私の眼前に勢いよく小さな影が飛び出してくる。


「わぁっ!?」


驚いて、一歩後退る私。


『すっ、すまない。お嬢さん!』


影は先程から私を呼んでいた声で、申し訳なさそうに謝る。

フヨフヨと私の目の前で宙を浮きながら話すのは、頭から二本の長い触覚を生やし。茶色い体躯に、大きな羽を二枚背中に携えた昆虫であった。

その姿は、何故か半透明で少し見えずらい。


『私はコオロギの幽霊です』


突然の驚きどころ満載の自己紹介。


『実は、人の通りが殆ど無い此処を通りがかったお嬢さんに。助けて頂きたくって……』


コオロギの幽霊が、私に何を助けて貰いたいのだろうか?

申し訳ないが、自分の事も分からない私が、死んだ方を生き返らせる方法など知らないのだが……。


『どうかお願いします! ピノキオを、助けてください!』

「ピノキオ?」


誰の事であろうか?


「誰ですか、それ?」


尋ねる私に、コオロギの幽霊は私に「ピノキオ」という人物について語り聞かせてくれた。


――ある時、大工の男が意思を持って話をする丸太を見つけたのだそうだ。その丸太は“ジェペット”という老人に引き取られ、木製の操り人形に作り変えられる。それが「ピノキオ」だったそうだ。

自分の意思で歩き、話をするピノキオは勉強と努力が嫌いでとても我儘な性格だったという。


『怠けて遊んでばかりいた彼に、私が注意を促したのですが。聞く耳を持たず、投げつけられた木槌で潰され、この有様で……』

「えっ、貴方。自分を殺した相手の事、助けようとしてるんですか?」

『彼は物事を知らないだけで、きちんと勉強し。善悪や優しさや愛を知れば、必ず心を入れ替えてくれるはずなんです!』


私に力説するコオロギ。善い人というか、善い虫というか……お人好し過ぎるのではないか? いや、虫なのに“お人好し”はおかしいか?


『世間知らず故、他人に騙され。今、大変な目に遭っているのですが私の力ではどうにも……どうか、哀れなピノキオを助けて下さい!』

「まあ、私に出来る事なら……」


大変な目って、どんな目だろ……不安が私の胸に過る。


『おお! ありがとう、お嬢さん! 何、お嬢さんが危険な目に遭う事は無いから安心して下さい!』


嬉しそうにコオロギが言う。


『こちらに! 私について来て下さい!』


私は浮遊するコオロギの後に続いて行く。


『彼は今、木に吊るされて動けなくなってしまっておりまして……縄を解いて、降ろして頂くだけで構いませんので』


それならば、私にも出来そうだ。しかし……。


「どうしてまた、そんな目に?」

『はい……ピノキオは、学校で使う教科書を買いに行った所。彼が持っている金貨に目を付けたキツネとネコに騙され、此処まで連れて来られ。お金を取られた上に、帰れないように縛られて木に吊るされてしまったのです……』


うーん、それは確かに可哀そうだ……。


『此処です! この木です!』


コオロギが指した大きな木の枝には、確かに葉っぱではない別の大きめの影が紐のような物に吊られて、振り子のように少し揺れていた。

歩み寄り、近づいて行くと。人影がハッキリと見えて来る。

吊るされて居たのは、私と同じ位の子供の容姿で。頭には三角の帽子を被り、少年らしい半袖半ズボンの活動的な装いだ。

しかし、ズボンから覗く彼の足は。人間には見られない、人工の作り物の関節が確認出来た。


『彼がピノキオです!』


コオロギの言葉に、私は納得をする。


「あの……」


とりあえず、私は吊るされている彼に声を掛けた。

すると閉じられていた瞼がパチリと開かれ、大きなあどけない黒い瞳が私を見た。


「君は、誰?」

「わっ、私はアリス。貴方、ピノキオさんよね? コオロギの幽霊にお願いされて……」

「そうです! 助けて下さい!」


突然、声を張り上げた彼に。私は一歩後退る。


「悪い人達にだまされて! 教科書を買うためにお父さんからもらったお金も取られてしまって……」


その時、目を疑う出来事が起きた。なんと、木で出来た彼の鼻が数センチ伸びたのだ。


「なっ、なんで鼻が!?」


驚いて、私はもう一歩後退った。


「こっ、これはその……ぼくをだました人達が……」


再び、更に伸びる鼻。


『お嬢さん、これはその……』


驚き戸惑う私に、コオロギの幽霊が声を掛ける。


『ピノキオは、何故か嘘をつくと鼻が伸びてしまうんです……』


ん? それって。


「さっき、彼が言った事って嘘なの?」


コオロギと吊るされた彼は、揃って気まずそうに私から視線を泳がせた。

私はため息を一つ溢す。


「……本当は、どうしてこうなったの?」


少し語気を強めに尋ねると、彼等は少々気まずそうに全てを白状をした。


元々、ピノキオが買う予定であった教科書は、ジェペットさんが自身の上着を売ってまで工面してくれたお金で彼にプレゼントして貰くれた物だった。

生みの親の献身的な愛情に、ピノキオは大喜びでプレゼントしてくれた教科書で勉強に励もうと学校へ向かった矢先。人形劇の広告を発見。すぐさま好奇心に負けて教科書を売り払い、人形劇の観劇代に使ってしまったそうだ。

しかし、観劇中に感動のあまり騒動を起こしてしまったピノキオは劇を中断させてしまい。人形劇の親方を怒らせて、焼かれそうになったという。だが、その親方さん。話せば分かってくれる人だったそうで、事情を話した所。同情をして許してくれた上に、教科書を買い直せるように金貨を五枚くれたという事らしい。


「成程、さっきの“お父さんに貰ったお金”というのが。まず最初の嘘だった訳ですね」


そう整理すると、私は続きを促した。

肝心の、今。木に吊るされている事になってしまった真実の経緯を知らない事には、流石に縄を解いて上げようという気持ちにはなれなかったからだ。

ピノキオとコオロギ幽霊の話によると、親方さんから頂いた金貨を握りしめて教科書を買いに行こうとしていたら。キツネとネコに声を掛けられたと言う。

そこまでは、コオロギから聞いていた話と遜色はない。しかし、肝心だったのはその後の事であった。

ピノキオはその二匹に「ある場所に穴を掘って金貨を埋め、水と塩をまくと翌日に木が生えて沢山の金貨を実らせる」という甘言に乗せられて、のこのここんな所まで来たらしい。


「それで、此処まで来たら金貨を取られて二人に縛られて置いていかれたんだ……」


ピノキオが言う。

これが、この件の真相のようだった。

見ると、ピノキオの鼻は本当の事を話したからか元の長さに戻っていた。

私は深い溜息を再び溢してから、ピノキオの身体を拘束する縄の結び目へと手を伸ばす。幸い、あまり高い位置に吊る下げられていなかった為。背伸びをして、何とか彼の身体を縛る結び目に手を掛ける事が出来た。

固くて手こずってしまったが、何とかピノキオを解放すると。彼の身体はドサっと地面へ少々乱暴に着地する。


「イテテテ……」


尻もちをついたまま、ピノキオが言う。


「もう、今日はヒドい目にあったよ……」


そして、身体や服に付いた土を払ってから立ち上がった。


「二度と、キツネとネコにはついて行かないようにするって。ぼく決めたよ!」


意気揚々と言うピノキオ。なんか、ちょっと違う気がするのだが……。


『ピノキオ! まず、彼女にお礼を言うのが先だろ!』


すると、コオロギ幽霊がピノキオに向かって叫ぶ。


「おれい?」


首を傾げるピノキオ。


『そう! 助けてくれたんだから、彼女に“ありがとう”ときちんと丁寧に感謝の気持ちを込めて言わないと!』

「そっ、そうなんだ……」


コオロギに言われて、ピノキオは私へと向き直る。


「あ、ありがとう……助けてくれて……」


少々ぎこちなく不器用に言うと、彼は不安げに探るように「あの、これで大丈夫?」と尋ねた。

コオロギが言っていた通り、彼は本当に。ただ、まだ物事を知らないだけのようだ。


「大丈夫だよ。どういたしまして」


私がそう返すと、ピノキオは安心したように。そして、嬉しそうな表情を浮かべるのであった。

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