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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
19/70

灰かぶりと“アリス”⑱【完】


「やあ! “アリス”! 会いたかったよー!」


出た。


「そんな、虫みたいな扱いしないでよ~! しかも、心の中で~」


私がエラさんの元へ向かっていると、久しぶりに突然。帽子屋で魔法使いの彼が現れたのだ。

因みに、本日の彼の服装は「帽子屋」でも「魔法使い」でも無く。他の結婚式来客者と混じっていても違和感の無い正装姿だ。

だが、帽子屋としてのトレードマークであるシルクハットは頭に在住していた。


「この格好、カッコイイ?」

「カッコイイとは思いますよ」

「ホント!? 好きになった?」

「いいえ。何の御用でしょうか?」


淡々と私は尋ねる。彼は「つれないね~」と言いながらも、膝を折り。私の身長に視線を合わせる。


「お迎えに上がりました。ボクの“アリス”」

「迎え?」

「君はもう、この世界での役割を終えてるんじゃないかな?」


彼はいつも通りのニコやかな笑顔で、少し寂しい言葉を私に告げた。


「それとも君は、ずっと此処に居たい?」


問われたその質問に、私は思わず頷いてしまいそうになった。でも、心の奥の……自分でも上手く説明出来ない何かが、引っ掛かる。


「居たい、けど……」


でも……きっと。


「此処は、私の居て良い場所じゃないんですよね?」


わざわざ、迎えに来てくれて。そう尋ねて来るという事は、きっとそうなのだろう。

そう言うと、彼は静かに笑みを象った。


「あっ、でも。この花だけ、エラさんに……」


と、私が抱えている小さな花束を指しながら言うが。帽子屋は無遠慮に、私を抱え上げた。


「ちょっと!!」

「君の退場を、華やかに。そして、ロマンティックに彩ろう!」


人の話を聞いて頂けないだろうか……。


「これはボクからの結婚祝いという事で!」


帽子屋は、右手に私を抱え。反対の左手で帽子を自身の頭から取った。

すると、帽子の中から白い鳩が勢い良く数羽飛び出して行く。彼等と共に、白い花弁が共に舞い上がり。鳩達と風が、式場に美しい花の雪を降らせた。


「綺麗……」


思わず私の声が小さく漏れる。

真っ白な花弁が風に揺れて踊りながら落ちて行く光景は、とても爽やかな幻想的空間を作り出す。

その場にいた人達……エラさんや王子様、ネズミ達に。義姉二人に、彼女達を引き連れて帰路につこうとしていた義母も。皆、天を仰ぎ、舞い散る花弁を眺める。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


帽子屋が言う。


「待って、エラさんに……」


しかし、先程まで抱えていた花束が私の手から消えていた。


「もう、彼女には届けておいたから」


ニッコリと帽子屋が笑うと、優雅に花弁を遊ばせていた風が突然。力強く、私の顔へと吹き付ける。思わず目を瞑り、自身の瞼で視界を遮り真っ暗な闇を視界に広げた。



 ***



自分が纏っているドレスと同じ、純白の花弁が舞う空を。エラも、うっとりと眺める。


「……綺麗」


そう彼女が呟くと、隣で同じように眺めていた王子が微笑みを向けた。

すると、白鳩が一羽。小さな花束を纏めたリボンを嘴に咥えて彼女の元へと飛んで来る。


「アレ、この花……」


白鳩は、優しくエラの手に小さな花束を落とした。その時、エラの記憶で何かが蘇る。

――昔、彼女の母親が物心つく前に亡くなり。それでも優しい父の愛情を受け、寂しさ等感じる事無く育てて貰った頃。

一人の女性が、エラの前に現れた。少し冷たい雰囲気を醸し出す彼女は、写真の母とは違うタイプの美人で。エラより年上の二人の娘を連れ、その日から共に暮らすのだと。父に告げられた。

その日は、確か……母の写真の前に飾ろうと、花を摘んでいたのだ。

そして、帰ってくると。嬉しそうな父と、無表情な女性。キャッキャッとはしゃぐ、二人の少女の姿があった。


“エラ。この人は、君の新しいお母さんだよ。そして、この二人はお姉さんだ”


そう優しく父が言った。

エラには、まだ。幼くて、あまり意味は良く分かっては居なかったが。その後に「仲良くするんだよ」と、言った父の言葉を。エラは小さな胸で受け止めた。

なので、その手に持っていた白い……名前も知らない、でも美しく花弁を開く花を。新しい母……新しい家族に、差し出した。


無邪気に差し出した花を、あの頃の彼女は。少しだけ、優しく微笑んで受け取ってくれた事が……エラの脳裏に蘇る。


その思い出は、エラの胸に懐かしさと共に。寂しさを思い起こさせた。


「どうかした?」


すると、心配そうな王子の顔がエラを覗き込む。


「いえ……何でも無いです」


少し説明がしづらくて、エラは誤魔化すように笑顔を浮かべた。


「……私、良いお母さんになれるかしら」


いつか、生まれて来るであろう自分と彼との子供の。母親になる事が出来るだろうか?


「なれるよ。心優しい、君なら」


笑顔で告げる王子に、エラは少し照れながら口元を小さな花束で隠す。


「アリスちゃんみたいな、可愛くて優しい女の子が娘だったら嬉しいわ」


そういえば……と、エラは辺りを見回した。


「アリスちゃんは?」

「先程まで、あっちで食事をしていたと思うけど……」


エラと共に、王子も辺りを見回し始める。


「どうしたの?」


すると、ネズミ達が二人の元へ駆け寄ってきた。


「あっ、貴方達! アリスちゃん、何処に行ったか知ってる?」


エラに尋ねられ「アレ?」と、三匹は首を傾げる。


「さっきまで、その辺に居たんだけどな……」

「どこ行ったんだろう?」

「お散歩?」


ネズミ達も口々に疑問を溢す。


「……もしかして」


ふと、王子が口を開く。


「あの子は本当に天使で、空に帰っちゃったのかな?」


そう彼が告げると、一瞬。エラとネズミ達はポカーンとしてから笑い出す。


「王子様!」

「爽やかな顔して」

「面白い事言うー!」


と、ネズミ達。


「さっき、あの子は天使なんじゃないか、って話をしてたからね」


笑われる王子は、気にした素振りも見せずに涼やかに言った。


「もし……空に帰ったとしても」


まだ少し笑いながら、エラが続ける。


「アリスちゃんがちゃんと、お家に帰れたなら……それなら、良いわ」


少し、寂しいけれどね……と、エラは付け加えた。


「大丈夫!」

「きっと、アリスの事だから。どこかでまだお菓子食べてるよ!」

「アリス食いしん坊だからね!」

「それは、貴方達もでしょ?」


今度はエラの言葉に、一同は笑い出す。

……暫くしたら、きっと。幼い身なりにしては、冷静な言動の少女が自分達の所へ戻ってくるだろう。

二人と三匹は、心の中で何の疑いも無くそう思う。


白い花弁は、既に殆ど地面で休んでおり。たまに吹く優しい風に揺らされる時しか動かなくなっていた。

めでたい門出に盛り上がる華やかな式は、一人の少女が消えた事を隠したまま。それでも賑やかで楽しい時を、ゆっくりと流していくのであった。



【灰かぶりと“アリス”‐FIN‐】

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