灰かぶりと“アリス”⑰
時は少し移ろい、結婚式は最初の盛り上がりより少し落ち着きを見せ始めていた。
けれどエラさんと王子様は、他の来賓の方々のお相手をしたりと忙しそうだ。
私はというと、特にする事も話す相手もいないので。ネズミ達と一緒に、豪華で美味しい食事やお菓子を食べている。
「あ」
すると、ネズミの一匹がふと声を溢す。
「どうしたの?」
「アレ、見て!」
私が尋ねると、ネズミはそう言って指を差した。
見ると、その先には見知った顔の女性が二人。
「あっ、アホ義姉とバカ義姉!」
「よくも来れたな! あいつ等!」
私と同時に、もう二匹のネズミが気が付き声を上げる。
「本当にね」
いくらエラさんが怒っていないとはいえ、図々しいにも程がある。
「あっ、こっち来る」
「いや、アレはエラに近づこうとしてるんじゃない?」
義姉達の様子を眺めていたネズミ達は、二人がエラさんへと近づいて行こうとするのを察知すると一度顔を見合わせてタッタっと駆けて行った。
私は今、手に持っていたケーキを口に放ると。その後を追う。その先には、ワザとらしい笑顔でエラさんへ声を掛けようとする義姉達の姿があった。
「エラ~! 結婚お……」
だが、その言葉がエラさんへ届く前に彼女は前方へと体を倒して転倒。
「ちょっと~、何して……」
と、駆け寄るもう一人の義姉に。私はそっと擦れ違うと、足を引っ掛ける。
素知らぬ顔で歩み進む後方で、少々耳に触る悲鳴が上がった。
「アリス、やるね~」
私の足元へとやって来たネズミ達が、ニヤニヤとしながら言う。
「あなた達もね」
私はそう言って、ネズミ達に向かって笑った。
先程、先に転倒した義姉は。ネズミ達がドレスのスカートを引っ張って転ばせたのだ。
エラさんは優しさで怒っていなかったとはいえ、私を含めネズミ達は違った。
エラさんにずっと酷い事をしていた上に、私達が懸命に作ったドレスを一度ボロボロにされているのだ。これくらいの、ささやかな復讐はさせて頂きたい。
ふと、今度は私が別の見覚えのある人物を発見した。私は、式の会場から少し離れた場所から様子を眺めるその人物の元へと足を向かわせる。
「貴女も……エラさんに会いに来たんですか?」
声を掛けると、その人物――エラさんのお義母さんは、相変わらず凍てつくような視線で私を見た。
内心、縮み上がっていたが。私は気にしていない風を何とか装い、表情を崩さぬように努める。
「いいえ。今更、合わせる顔も無いわ」
淡々と答える義母。
「でも、貴女の娘さん達は……」
「私は、あの子達を回収しに来たの」
返ってきたのは意外な言葉。
「いくら、あの子が私達を許しているからって。今更、仲直りして仲良し……なんて許されるとは思っていないわ」
まあ、尤もな意見だ。
「……あの子の母親」
すると、彼女は溢すように言葉を紡ぎ始める。
「本当の、あの子の母親。あの子にそっくりな美人でね。写真でしか見た事なかったけれど、ずっと私はそれが耐えられなかった……亡くなってからも、ずっと比べられてるようで」
「それで、エラさんに冷たく当たってたんですか?」
「そうね。段々、写真の彼女に似てきたのも手伝って」
再婚しても尚、エラさんのお父さんがエラさんのお母さんを大切に思っていた事に嫉妬していたのか……。
「嫌な態度を取ったら、私達の事。恨んでくれるのかと思ったんだけど……」
それでも、エラさんは最後の最後まで。彼女達に、恨み言一つ言う事は無かった。
「私の負けね……悔しいくらい、あの子は綺麗だった」
そう言ったお義母さんは、自身に呆れたようにそう溢す。
「……まあ、理由はどうあれ。貴女達がエラさんにした事は、許せないです」
お義母さんが胸の内を吐露したからか、私はごく自然と会話を始めてしまった。
「でも、あの……エラさんのお父さんは。別に、貴女とエラさんのお母さんと比べたりとかはしてなかったと思います」
エラさんのお母さんの事も、この人の事も。それぞれ、きちんと個人として愛していたからこそ、結婚したと思うのだ。今日のエラさんと、王子様のように。
「子供が、何を分かったような事を」
「……すみません」
確かに、大して知らない癖に知ったような口を利いてしまった。
「そういえば、先日は聞きそびれてしまったけど。貴女は一体どこの誰なのかしら?」
うーん……その質問の答えは、私にも分からないのだが……。
「まあ、私はなんというか……迷子です」
「だったら、早く家へ帰りなさい」
うーん……帰る家があるのかどうかも、分からないのだが……。
「貴女の親、心配してるんじゃないの?」
掛けられたのは、またしても意外な温かな言葉。
「そう、ですかね?」
「当たり前でしょ。親は、子供の事をいつも思っているものなんだから」
お義母さんの声は、やっぱり変わらず冷淡なものだったのに。どうしてこんなに温もりを感じる言葉を私にくれるのであろうか……その温かさを、どうしてエラさんに向けてくれなかったのだろうか……。
「なるべく早く、帰りなさいね」
そう言ってから、彼女は「そうそう……」と一度屈むと手に持っていた籠から何かを取り出す。
「これ、あの子に渡しておいて」
そう言い、白い花で作られた小さな花束を私へと差し出した。
「貴女から」
この花は、贖罪か祝福か……そんな事を勘ぐって、でも直ぐに無意味だと気が付く。これはきっと、この人がエラさんにあげ損ねた愛情なのだ。
「分かりました」
「よろしくね。私はこれから、娘達に家事を教えなきゃいけないから」
エラさんが居なくなったから、屋敷の家事仕事をこれからはちゃんと三人で分担するのだろうか?
義姉二人は見た限り何にも出来なさそうなので、その指導は大変そうである。
それからお義母さんは「それじゃあね」と、義姉達の元へと進み始めるのであった。その表情はどこか……ほんの少しだが、優しい笑みを象ったように。私には見えた。