灰かぶりと“アリス”⑯
「あ~、どうしよう……緊張する……」
「エラさん落ち着いて」
城へと到着した私達は、一旦豪華な客間へと通される。
そこにて、エラさんはそわそわとずっと落ち着かない様子だ。
「だって、もし私の事見て幻滅されちゃったら……」
すると、入口が音を立てて開かれる。
エラさんの表情が、緊張の最高潮へと達したのを私とネズミ達は感じ取った。
「お待たせ致しました」
現れたのは、ピシッと背筋が真っ直ぐな男性で。どうやら、お城の従者のようである。
そして、彼の背後から端正な顔立ちの青年――エラさんと昨晩踊っていた王子様が、姿を見せた。
「お待たせしてしまい、失礼致しました」
涼やかで爽やかな声で、王子様が言う。
「貴女が……」
と、彼がエラさんへと声を掛けるが。エラさんは王子様の顔を見たまま硬直していた。
「貴方、昨晩の……」
そう溢したエラさんの言葉に、彼は笑みを浮かべる。
「あっ、でも! こ、こんな格好だから、分からないですよね……」
「いいえ」
慌てるエラさんに、彼は優しく微笑む。
「昨晩一緒に踊ってくれた女性を、忘れたりなんかしません」
そう言うと、彼は優雅にエラさんの前に膝を着き。彼女の手を取った。
「昨晩は、ありがとうございました。是非、お名前をお聞かせ頂けますか?」
「こちらこそ……はい、エラと申します」
「エラさん……素敵なお名前です」
そう再び、王子様は爽やかに微笑んだ。
「一目見て、貴女にとても惹かれました。是非、私と結婚して下さい」
ロマンティックなその光景を、私はネズミ達と口を噤み。息を潜めるように眺めていた。
すると、エラさんの表情が驚きからゆっくりと。柔らかな笑みへと変化していく。
「はい……私で良ければ、喜んで」
――エラさんと王子様の結婚式は、翌日直ぐに執り行われた。
「……アリスちゃんは、もしかして。私に幸せを運びに来た天使なのかな?」
真っ白で艶やかなウェディングドレスに身を包んだエラさんが、笑顔で私へと告げる。
「そんな大層なものじゃないです。私は、何にもしていないし」
今回の活躍は、ドレスを作る計画を立てたネズミ達と。まあ、一応。魔法使いであった帽子屋のお陰なのだ。
「でも、アリスちゃんが来てくれてから。私、辛くて苦しいばっかりだった生活に楽しみが出来たわ。アリスちゃんとネズミさん達と話すの楽しかったし、アリスちゃんと一緒に寝ると、凄く温かかったし」
少しイタズラっぽく、笑いながら言うエラさん。
「何の話?」
すると、ネズミ達とお話をしていた王子様が顔を覗き込んで来る。
「アリスちゃんが、私に幸せを運んで来てくれた天使だった……って、話」
再びイタズラっぽく言うエラさん。
「いえ、本当にそんなんじゃないですから」
段々と気恥ずかしくなってきた……。
「確かに!」
「アリスが来てから、エラの周りには沢山の幸福が来てくれたよね!」
「僕達のドレスも、きっとアリスがいなかったら完成しなかったかもしれないし!」
ネズミ達まで口々に言う。
「ありがとう、アリス!」
そして、三匹で声を揃えて私へと告げる。
「いや、だから私はそんな……」
「なら、僕も君にお礼を言うべきかな」
今度は、王子様が爽やかな笑顔で私へと視線を落とす。
「エラに出逢わせてくれて、ありがとう」
眩しいまでの端正な笑顔が、私にトドメと言わんばかりに注がれた。
「いえ……あっ、あの……」
私は目線を合わせてくれる王子様に、おずおずと声を掛ける。
「エラさんは美人なだけじゃなくて、本当に優しくって心も綺麗な人なんです……」
素性の分からない私を匿ってくれたり、ネズミ達にご飯を分けてあげたり。彼女を虐げていた義母と義姉達に慈愛に満ちた思いを向けたり……。
「だから……エラさんの事、いっぱい幸せにしてあげて下さい」
私の言葉に、彼は優しく微笑んだ。
「分かりました。エラを、これから一生ずっと大切にする事を必ず誓います。可愛らしい天使様」
先程からの笑顔と優しさと共に。それでいて、とても力強く彼は言ってくれた。にしても、気恥ずかしい……。
「アリスちゃん……」
その時、エラさんの声が微かに揺れながら降り注ぐと。私は温かなぬくもりに包まれる。
「……本当に、ありがとう」
少し涙の滲んだ声だった。
泣かせるつもりなんてなかったのに……と、申し訳ない気持ちになりつつ。私を抱き締めるエラさんの髪にそっと触れる。
「お礼を言うのは、私の方です」
私は、この短い間に。エラさんに、たくさんの優しさを無償で貰ってしまったのだ。
「エラさん、私に沢山優しくしてくれて……ありがとうございます」
そう伝えたら、エラさんは再び私を少し強めに抱き締めてくれたのであった。