灰かぶりと“アリス”⑮
それから直ぐに、エラさんは馬車でお城へと向かっていた。
「どうしよう、アリスちゃん……」
何故か私も、エラさんの隣に座っていた。
「良く分からないけど、なんか私。これ、王子様と結婚するのかな!?」
「確実に、そうなるかと」
「どっ、どうしよう……」
と、不安げな表情を浮かべるエラさん。
「私、王子様の事。何にも知らないのに……」
そう溢したエラさんの言葉に、私はこっそり首を捻った。
屋根裏で朝食を食べている時にしていた会話で、何となくそんな気がしていたが。エラさんは、昨晩自分が踊っていた相手が王子様であると気が付いていないみたいだ。
だが、それを舞踏会に行っていないはずの私が知っているのはおかしいから言えないんだよな……。
「そんな気負わなくても大丈夫ですよ」
「でも……」
まあ、相手の事を全く知らないのにいきなり結婚っていうのは不安だよね。
でも、ご対面してしまえばその不安も解消されるだろうし。
「大丈夫ですって。王子様ってくらいですし、きっと素敵でカッコイイ方ですよ」
「でも……そんな方が、ドレスも着てない私なんか見てガッカリされないかしら……」
「それは無いです」
私が断言すると、向かい側の席に座っていたネズミトリオも「うんうん」と首と声を揃えた。
「エラは美人なんだから!」
「そんな心配無いって!」
「自信持って!」
続けて告げたネズミ達の言葉に、今度は私が頷く。
エラさんとネズミ達と笑顔を咲かせて話す傍ら、私は先程。靴の所有者がエラさんであると証明した後の出来事を思い起こしていた。
「――大層、気分が良いでしょうね」
冷たい義母の声が、エラさんへと放たれる。
「これで、自分が王子様と結婚し。王妃になって、私達を見下しながら幸――」
「お義母様」
エラさんが、義母の言葉を遮る。
義母と話す際、エラさんはいつも視線を下へと下げ。顔色を伺うように言葉を紡いでいた。
だが、今は違った。
見上げたエラさんの瞳には、怯えの色は見えたが。しっかりと、義母の目を見つめていたのだ。
「……私、感謝してるんです」
少し震えた声で、エラさんは続ける。
エラさんの言葉を聞きながら、私は目を見開いた。
「貴女、何を――」
「勿論、お義母様とお義姉様達にされてきた事は辛かったです」
でも……と、彼女は続ける。
「お父様が亡くなって、血も繋がっていない私を……家から追い出さず、住まわせてくれた事……」
そう告げると、エラさんは少しぎこちない笑みを浮かべて「ありがとうございました」と頭を下げたのだ。
その時の義母の顔は、どこか悔しそうで……それでいて、どこか悲しそうであった。
彼女は舞踏会の時に、エラさんに対して嫉妬心から虐めているような会話を溢していたが。エラさんの感謝の言葉を受けて、女性として完全な敗北をしてしまったのかもしれない。
「ねえ、エラさん」
私はネズミ達と談笑するエラさんに声を掛ける。
「お義母さんやお義姉さん達の事、本当に怒ってないんですか?」
私自身、意地の悪い質問だな……と、思いつつ。尋ねしまう。
だが、エラさんは疑問の言葉も不快そうな表情も見せずに。「うーん……」と真剣に考えてから、私に答えを与えてくれた。
「……怒っては、いないかな」
ただ……と、少し長い睫毛を伏せ気味にして続ける。
「悲しかったし、寂しかったかな……」
その答えに、私は小首を傾げる。見ると、ネズミ達も私と同じ事を思ったような表情を浮かべていた。
「血が繋がってなくても、もっとお義母様ともお義姉様達とも。お話して、仲良くなって、ちゃんと本当の家族になりたかった」
「エラさん……」
「でも、難しいわね。会ってほんの少ししか経ってないアリスちゃんとは、こんなに仲良くなって。ネズミの貴方達とも、こんなに仲良しなのに」
寂しそうに少し曇った表情を隠し、エラさんは笑いながら言った。
あんな酷い目や、心無い言葉を浴びせ続けた人達に。どうして、この人はこんなにも優しいのだろうか……責め立てて、怒りをぶつける権利が彼女にはあるのに……。
「エラさんは、とっても優しい人ですね……」
その優しさと、見た目と心の美しさが眩し過ぎて。少し眩暈がしてしまいそうな程に……。
「何言ってるのよ、アリスちゃん」
すると、エラさんは私の手を取った。
「私なんかより、アリスちゃんの方がずっとずっと優しいじゃない」
えっ? なんで、そうなるのだろうか?
「会って間もない私の為に、ドレスを作ってくれて。私の為に怒ってくれて……」
眩い笑顔が、私に向かって降り注いだ。
「ありがとう、アリスちゃん。貴女の優しさに、私は沢山助けられたわ」
ありがとう……と、再び告げてくれたエラさんの手は。瞳は、表情は温かくて……油断をすると、涙を落としてしまいそうだった。
しかし、運の良い事に。今まで小さい揺れを伝えていた馬車の動きが止まり、目的地へと到着を果たしたようだ。