灰かぶりと“アリス”⑬
屋根裏部屋を後にしたエラは、しかし屋敷の玄関まで行くのは叶わず。目の前に現れた人物に行く手を塞がれた。
「お、お義母様……」
おずおずとエラが呼ぶと、義母は冷たい眼差しを彼女に向ける。
「貴女、何しているの?」
「お客様がいらしたみたいなので、お出迎えをと……」
「来賓されたのは、お城からの遣いよ」
冷淡な口調で続ける義母。
「貴女みたいな、汚らしい小娘が出迎えなんかしたら。私達の品位まで疑われてしまうわ」
容赦の無い義母の言葉に、エラは視線を俯かせる。
「貴女は、大人しくお客様がお帰りになるまで。あの汚い屋根裏部屋に居て貰えるかしら」
その義母の言葉に、エラは何も言葉を向ける事が出来ずに。下を向いたまま、「はい」と自身の掌をギュッと握りしめるのであった。
「――あの鬼ババ……今日もエラに向かって酷い事を……」
エラに心無い言葉を義母が投げつける様子を、見つめる小さな影が二つ。
「僕は、お城の人達が何しに来たのか確かめて来るから。お前は、エラの事お願いね!」
「分かった!」
そうネズミの一匹が指示を出すと、もう一匹のネズミが元気よく了承する。
***
「貴方は、一緒に行かなくて良かったの?」
屋根裏部屋にて残った私は、同じく留守番をしながら食事をする一匹のネズミに尋ねる。
「うん! しっかり者の二人が行ってるから、大丈夫大丈夫!」
言いながら、彼はカボチャとチーズをムシャムシャと貪る。
「そっか」
私もカボチャのスープが入った器を少し傾けて啜る。
「ちょっと二人とも! 何、呑気に食べてるの!!」
その時、私達の耳を突く声が響く。
「どうしたの?」
「何かあった?」
私と居残っていたネズミが、やはり呑気に尋ねる。
「エラがまた鬼ババに虐められて!」
あのババアは……良い歳して、若い娘虐めて何が楽しいんだか……。
すると、ガチャリとドアが開かれる。入ってきたのは、少し暗い表情をしたエラさんであった。
「あ、アリスちゃん……」
「エラさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、いつもの事だから」
そう微笑んだエラさんは、でもやっぱり辛そうだ。
「大変大変ー!」
今度はまた、小さな入口の方から慌ただしい声が響いて来る。
「どうしたの?」
本日、二度目の質問を私は向ける。
「さっきのお客さん、お城からの遣いで。『ガラスの靴』を落とした美女を探してるんだって!」
それって……。
「エラさんの事じゃ」
「絶対そうだよ!」
私の一言に、ネズミ達が歓喜の声を上げる。
「そのガラスの靴をピッタリと履く事が出来た女性と、王子様は結婚するんだって!」
「それで、お城の人が探しに此処まで?」
「此処だけじゃなくって、町中の娘達に試してみたけど誰も履けなかったらしいよ!」
ガラスの靴は、魔法使いの帽子屋が作った代物だ。
もしかしたら、エラさん以外には履く事が出来ないようになってるのかも。
「そういえば……ドレスやカボチャの馬車は、お屋敷に着いたら消えてしまったけど。ガラスの靴だけは、そのまま残っていたわ」
エラさんの言葉に、私はその靴の在処を尋ねた。
ベットの下から小箱を取り出すと、中から連れ合いの居ない片方のガラスの靴が現れる。
「返そうかと思ったんだけど、魔法使いさんがアレから現れてくれなくて……」
「アイツの事は気しなくて良いですよ」
「えっ!?」
辛辣な言葉を溢してしまった私に驚愕するエラさんをスルーし、私は「それより」と続けた。
「お城の遣いの人達の所に行きましょう」
ネズミ達の話によると、探しているのがエラさんなのは間違いない。
しかも、彼女を探しているのはエラさん自身も想い焦がれる王子様だ。
「で、でも……」
しかし、私の言葉にエラさんは浮かない表情を浮かべる。
「こんなボロボロな服と恰好で、昨日より汚くて……とてもじゃないけど、私なんかが出て行っても……」
この人は何を言っているんだろう?
「昨日は、魔法使いさんの魔法で服も髪も全部綺麗にして頂けたけど……今の私が出て行っても、恥をかくだけだと思うし……」
エラさんは自信無さげに、視線を泳がせながらさらに続ける。
「それに、王子様って。顔も何も知らないし――」
「それって、誰が決めたんですか?」
私の声が、妙に鋭く放たれた。
「あの鬼ババに言われたんですか?」
私の質問に、エラさんが少したじろいだ。
「ネズミさん、そうなの?」
私はエラさんから、ネズミへと視線を向ける。
「う、うん……」
少々戸惑いながら、「エラさんが継母に酷い事を言われた」と報告に来たネズミが続けた。
「エラが出迎えしても、恥をかくだけって……品位が疑われるって……」
「そんなの、鬼ババさんが言ってるだけじゃないですか」
私の言葉を、エラさんは身長の低い私の事を見下ろしながらも。伺うような視線で見つめる。
「私がエラさんを初めて見たのは、その恰好でした」
でも……と、続けた言葉は。恥ずかしいけど、本当に思った正直な気持ち。
「“なんて、綺麗な人なんだろう”って、思ったんですよ」
「アリスちゃん……」
私はエラさんの手を、両手で握った。
「もし、鬼ババさんやバカアホお義姉さん達が何か言うなら。今度は、私が護ります」
だから――
「一緒に、行きましょう」
これがきっと、エラさんの不憫な運命を変えてくれる最大の好機に違いないのだから。