灰かぶりと“アリス”⑫
そして、煌びやかな夜が明け。太陽が明るく町を照らし出す朝が訪れる。
差し込む光に目を開けると、エラさんは本日も変わらず朝から家事に追われているらしく既にベッドに姿は無かった。
「……昨日は疲れたな」
帽子屋と窓ガラスを使って屋敷に戻ると、私の姿は元の小ささに戻っており。
帽子屋は私をエラさんの部屋である屋根裏部屋に送り届けると、エラさんの部屋にあった鏡からは出ず。ヒラヒラと笑顔で手を振って、さっさと去って行ってしまったのだ。
「私まで行く必要は無かったと思うんだけどな……」
エラさんだけ楽しむ事ができれば十分だったのだが……あ、でも。美味しいケーキや料理を食べれたのは嬉しかったな。ダンスは二度とごめんだけど……。
「あっ! アリスちゃん起きた?」
その時、エラさんが入口から顔を覗かせた。
「朝ご飯、食べましょう!」
御盆に私とエラさん、そしてネズミ達のと思われる薄く切ったカボチャにチーズを乗せた物が小皿に六枚程盛られている。
ちなみに、私達の朝食はパンとスープであった。
「これ、カボチャのスープなの」
「あ、昨日のですか?」
「そう!」
昨晩、馬車としての活躍を見せたカボチャは。本日、スープと化しその生涯を終えたらしい。
スプーンで掬ったとろみのついた液体は、柔らかく煮込まれたカボチャの欠片と共に私に甘く濃厚な味を提供してくれた。
エラさんに、こんなに美味しい料理にして貰えて。きっと、このカボチャも本望であろう。
「あのね、アリスちゃん」
私がカボチャのスープに舌鼓を打っていると、エラさんが堪え切れないという風に私に声を掛ける。
「昨日は、本当に楽しかったの!」
エラさんは昨晩の舞踏会での出来事を、私に話したくって仕方が無かったらしい。
私は少し笑みを浮かべて「どんな事があったんですか?」と尋ねた。
「あのね! 素敵な男の人に、ダンスに誘われたの!」
それは丁度、目撃してましたよ……と、思いながらも。私は初めて聞いた反応をエラさんに示す。
「すっごく爽やかでカッコイイ人!」
嬉しそうに、そして興奮した様子でエラさんは尚も続ける。
「舞踏会に行ったら、早速誘われてしまって。つい、夢中になって踊ってしまったわ!」
ご馳走食べてくるのも忘れてしまって……と、エラさんは笑った。
「皆のお土産も忘れちゃって……ごめんなさいね、アリスちゃん。皆……」
申し訳なさそうな表情をするエラさんに、私とネズミ達は笑顔を向ける。
「エラさんが楽しかったなら、それで十分ですから」
「そうそう!」
「僕達の事は気にしないで!」
「うんうん!」
「皆……」
エラさんは、また申し訳なさそうな顔をして。でも、私達の言葉に嬉しそうにゆっくりと顔を綻ばせた。
「本当に、私ばっかり楽しんでしまって申し訳ないわ……」
「大丈夫大丈夫!」
「僕も人間になれて、楽しかったし!」
「僕とコイツは、馬だったけどね」
「そーだそーだ!」
一匹のネズミが笑いながら言った言葉に、他二匹のネズミは白い目で恨めしそうに彼を見た。二匹の視線を受け、そのネズミは明後日の方を見て下手な口笛を吹く。
その様子を見て、私とエラさんは笑みを溢した。
「なんだかんだ、あの子達も。楽しんでくれたみたいで良かった」
「ネズミ以外の生物に変身出来る経験なんて滅多に無いですからね」
「アリスちゃんだけ、お留守番で本当にごめんね……」
「いえいえ! ゆっくりのんびりしてたので、気にしないで下さい」
実際は、私も舞踏会に参加して。帽子屋に振り回されていたのだが……。
「そういえば、昨晩の舞踏会では。アリスちゃんと同じ綺麗な黒髪の女の子が激しいダンスを踊っていたわ!」
あー、それは私ですね……。
「あんなダンス、初めて見たわー! なんて踊りだったのかしら?」
ダンスについて、良くは知らないが。絶対に、あの型のダンスは無い。
「そんな事より、エラさんと一緒に踊った男の人の事。聞かせて下さい」
昨晩出来上がった黒歴史から話題を逸らす為、私が尋ねる。
「えっ!? いや、でも……聞かせれる程、彼の事は知らなくって……」
頬をほんのり赤らめて、恥ずかし気に続けるエラさん。
「本当に、ダンスを一緒に踊っただけで……お互い、名前は聞きそびれてしまって……」
でも……と、言葉を続けたエラさんの顔は。今まで見た彼女の表情の中で、一番天使のような可愛らしさを持ちながらも。悪魔的な魅力を感じた。
「もし叶うなら。また会えたら……なんて、思ったわ!」
見た者が一瞬にして虜になってしまいそうな笑顔を咲かせて、そう言う彼女は。しかし、彼女自身が魔法に掛かっているように私には見えた。
「会える、かもしれませんよ」
言ってから、無責任だな……と、思いつつ。私は続ける。
「きっと、相手の人もそう思っているんじゃないですかね」
「……そうかな?」
不安そうな表情を浮かべるエラさんだったが、少し俯いて鮮やかな金髪で顔を隠しながら。
「そうだと、良いなあ」
と、そっと笑みを浮かべながら呟くのだった。
その時、外から蹄の音。そして、ガラガラと地面を走る馬車の音が響いてくる。
「何の音だろう?」
「お父様が亡くなってから、お客様なんて来ないのに」
私の疑問に、エラさんが言う。
「私、ちょっとお出迎え行ってくるわね」
食べかけていた食事の入った皿を置き、エラさんが屋根裏部屋の扉を開けて出て行くのであった。