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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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灰かぶりと“アリス”⑩


帽子屋で魔法使いな彼に連れられ、映りの良い窓ガラスを抜けると。そこは豪勢で大きく広い廊下であった。

敷かれた柔らかな毛の絨毯じゅうたんは長く伸び、行く先を先導しているようだ。


「お城にとーちゃく! 丁度良い鏡と場所が、此処しか無かったけど。まあ、問題は無いよね」


それは知らない。


「さあ、行こうー!」


なんか、一人で楽しそうだな。この人……いや、初めて会った時からずっとこんなか?


「君と一緒だから、ボクはとっても楽しいんだよ」

「どうして、そんな歯の浮くような事。息するみたいに言えるんですか?」

「本当に思ってるからだよ」


彼は、いつもの笑顔で私を振り返った。でも、それはどこか。ふざけた雰囲気が薄らいでいるような、そんな気がした。


「思ってる事は、言葉にしないと相手に伝えられないからね」


どこか諭すような、それでいて自分自身にも言い聞かせるような。妙な引っ掛かりを、その台詞は私に与えた。


「さあ、此処だよ! 舞踏会の会場は!」


大きな扉を潜り入場したのは、美しいアンティークなシャンデリアが幾つも室内を照らす豪華絢爛な大広間。

そこには既に綺麗に着飾った男女が幾人も立食をしたり、オーケストラが奏でる音楽に合わせてダンスを楽しんでいる。


「凄い……」

「食事にする? それとも、ボクと踊る?」

「アレ? エラさんは?」


彼の言葉をスルーし、私は知り合いの姿を探しながら尋ねる。


「ああ。多分、ボク達の方が先に着いちゃったんだね。ほら! 馬車よりワープの方が早いから」

「いや、私達が先に来てどうするんですか。移動手段、逆のが良かったんじゃないですか?」

「そう? 馬車のが雰囲気があって良くない? それに、いきなりワープとか彼女ビックリするんじゃない?」


確かに。私はもう、色んな“不可思議”な事に慣れ始めてしまっているが。エラさんの心臓には悪かろう。

一応魔法使いだった人の魔法にも、相当ビックリしてたし。


「だから、ちゃんと魔法使いだって~」

「はいはい。そうですね」


私は軽くあしらうと、折角なので何か摘まませて貰おうと目ぼしい料理へと歩んで行く。


「――貴女達」


その時、聞いた事のある声が耳に届く。


「いつまでも食べてばかりいないで、早く王子様か名立たる貴族の殿方へアピールでもしてらっしゃい」


中年の女性の、凍てつくような声。その人物は、エラさんに無情な仕打ちをした義母だった。


「だってお母様、これとっても美味しいんですもの!」

「それに、シンデレラさえいなければ他の娘達なんて皆大した事ないじゃない!」


エラさんの義姉二人が、香ばしい匂いを香らせる食事にがっつきながら言う。

私は目の前にあった苺のタルトをちゃっかり一切れ取りながら、耳をそばだてる。


「あの子、ホントキレイよね~。ムカつくくらいに」

「何言ってんのよ。ただただムカつくわ」


ネズミ達に“バカ義姉あね”と称されていた方の義姉が、忌々しそうに続ける。


「綺麗で、可愛くて。従順に私達の命令に従って。その癖、私、可愛そうです……みたいな顔で家事しちゃってさ!」

「調子に乗ってるのよ。見た目が良いから!」

「だから、ドレスなんかより。襤褸ぼろまとってた方がお似合いなのよ!」


醜く理不尽な内容の嫉妬だ。その気持ちそのものが、彼女達がエラさんに負けているということに気が付きもしないで。

甘酸っぱい味が口一杯に広がるタルトを頬張りながら、私は考えた。


「……あの子の顔を見ていると、あの子の母親の顔がチラついて腹が立つのよ」


低い声で、義母が言った。


「私と結婚してからもずっと、あの人の部屋に飾られていた写真の中で。あの女は笑っていた。あの子にそっくりの、美しい顔でね」


ちらりと視線だけを義母に向けると、彼女は眉を寄せ。鬼のような形相を、俯き加減で浮かべていた。

ゾワリと背中に、悪寒が走る。


「まるで、ずっと比べられてるみたいだった……ようやく、写真を燃やせたと思ったら。今度はどんどん、あの子があの女に似てきて……会った事もない女の影に、いつまでも苛立たされるのはもう沢山よ」


すると、義母は「貴女達」と実の娘二人を振り返った。


「あの家の遺産も、もう殆ど残っていないわ。今夜、必ず王子様か。それに連なる立派な殿方を射止めなさい」


要は、次の寄生先を見つけなさい……という事か。

母親の言葉に、二人は「はーい」とお気楽な返事を返す。


「『その顔で好物件な男を射止められるのかな?』って……案外君、毒舌な事思ってるね!」


私は咳込んだ。

帽子屋で魔法使いの男が、突然、私が思った事を言葉にしながら顔を覗かせて来たからだ。


「び、ビックリさせないで下さい!」

「君がさっさと行っちゃったんじゃないかあ」


まあ、それは確かに。


「あ、着替えたんですね」


彼の服装は、フードを被った長いローブではなく。紺色のタキシード姿であった。

背も高いし足長いし、顔も端正だからなかなかカッコ――。


「カッコイイ!? ねえ、ボクカッコイイ!? 好きになった!?」


黙っていれば……ね。好きには特になってない。


「ん~、残念。口で言って貰えないのも含めて」


心を勝手に読むのは、そっちではないか。


「あ、そうだ! それより、一緒に踊ろうよ!」


相も変わらず自由だなあ。


「今、忙しいのであとで」


と、私は焼き菓子を手に取って彼からそっぽを向く。

すると、私が向いた先で。何やら騒めきが起こっていた。

何だろう……と、何気なく視線を集中させてしまう。


「あ、君のお待ちかねの人が来たみたいだよ」


私の肩口から顔を覗かせ、帽子屋が言う。


「それって……」


私達が入った出入口とは違う、もっと大きな扉から人垣が割れて行き、注目の的が私の目に飛び込んでくる。

そこから、現れたのは……先程、魔法使いが直したドレスを纏ったエラさんであった。

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