灰かぶりと“アリス”⑨
そして、屋敷の庭にて佇む私と帽子屋だった人。
「……やっと二人きりだね、“アリス”」
「おやすみなさい」
開口一番の台詞に、私はさっさと背を向けて屋敷の中へ入ろうと歩き出す。
「待って待って待ってー!!」
私よりも遥かに長い足で、彼は慌てて私の前に立ちはだかり通せんぼをした。
「ごめんごめん、冗談だよー!」
「存在自体が冗談みたいな人に言われても」
「君、暫く会わない間に凄く辛辣になったね!」
笑顔で戸惑う、帽子屋なんだか魔法使いなんだか分からない人。
「さっきから、『自称魔法使い』とか『魔法使い(仮)』とか酷いよ~!」
「……私が思ってる事、聞こえてたんですね」
「もちろん! だって、君はボクの“アリス”だからね!」
意味が分からない……。
「それよりもー!」
突然大きな声を出す魔法使い兼帽子屋。
「よろしければ、ボクと一緒に舞踏会へ行かないかい?」
帽子屋の言葉に、私は眉を寄せる。
「いや、子供が行っても……」
エラさんの足枷にならないというのが一番の理由だが、根本的に子供が行くような所ではないだろう。舞踏会というくらいだし、せめて男性と踊れなければ。
「大丈夫! ボクがちゃんとエスコートするから!」
「いや、体格差が……」
私の身長は、彼の腰に頭が届くかくらいだ。とても、優雅にダンスを踊るなど……。
「ねえ、“アリス”。ボクは今、《《魔法使い》》なんだよ」
彼の言葉に、私は「ん?」と思わず言葉を溢す。
「君にも、魔法をかけてあげるよ。“アリス”」
そう言って、彼はキャンディ棒のような形をした杖を振るった。
星粒のような光の群が私を包む。眩しすぎて目を瞑って暫くすると、視界はすぐさま先程の明るさへと戻る。
「一体……」
ゆっくりと目を開く。
最初に私の目に飛び込んできたのは、もちろん魔法使いの貼り付けたような笑顔。
だがそれは、見上げていた高さがいつもと異なっていた。
首を真上に向けんばかりに上げていた視線は、少し傾けるだけに留まっていたのだ。
もしかして……と、思い。私は屋敷の窓へと駆け出す。硝子に反射して見た私の顔と姿は、以前に見た幼い少女ではなく。エラさんと同じか、少し下くらいの十代半ばくらいの乙女の姿になっていたのだ。
そして、服装も。白いエプロンと青いワンピースではなく、空色の柔らかなスカートの綺麗なドレスへと変わっている。
「これは……」
「これで、君も。ボクと一緒に、舞踏会へ行けるだろう?」
「いや、まあ、行けなくはないと思いますが……」
「それじゃあ! 『空飛ぶ絨毯』と『空飛ぶ魔法の粉』と、『空飛ぶ箒』と『空飛ぶ傘』……あと踵を三回鳴らすと『空飛ぶ靴』。どれが良い?」
「全部似たようなものなので、どれでも良いです」
全部《《空飛ぶ》》“何か”だし……。
「じゃあ、この屋敷の鏡からお城の鏡に抜けて行こうか! 一番早いし!」
「いや、結局空飛ばないんですか!?」
さっきの提案は何だったんだ。
「さあ、行こう“アリス”! 早くしないと、舞踏会が終わってしまうよ!」
言いながら、彼は私の手を引いて窓ガラスへと歩み寄る。
“鏡”じゃなくても、対象を反射する物なら何でも良いのかな?
「問題無いよ!」
いや、心の声に返すの止めて欲しい。
私がそう思っていると、魔法を使う帽子屋は杖を一振り。そして、何の躊躇いも無く窓ガラスへと手を伸ばす。
彼の手は、水に浸かるかのように窓ガラスへと吸い込まれていく。
「凄い……」
「ボクは君の為なら、なんでも出来るんだよ!」
「いや、それは関係無いんじゃ……」
彼の言動に戸惑っているのも束の間、帽子屋に連れられ。私の体も鏡の中へと吸い込まれていくのであった。