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08.私の過去1

 ラルと初めて出会ったのは私が十歳、ラルが十一歳のときだった。


 私の生い立ちは少し複雑だ。私には父と呼べる人が三人いる。


 まず、私と血の繋がりがある最初の父は、病気で亡くなった。


 夫を亡くした母が、二番目の父となるホルト伯爵と再婚したのは私が九歳の時だった。

 ホルト伯爵は優しい人だったけど、再婚後一年も経たずに事故で亡くなってしまった。


 二人の夫を亡くしてしまった母は気を病み、それでもホルト伯爵の連れ子だった長男のツィロとその妹レーナの母親になるため、必死だったのだと思う。


 再婚後すぐに夫がなくなり、母に財産が入ったことにホルト家の古くからの使用人はいい顔をしなかった。


 母が遺産目当てで伯爵を殺しただとか、前夫のことも手に掛けた悪女だと噂する者もいた。


 それでも母は、新しい子供たちの母親になろうと頑張った。


 既に十六歳だったホルト伯爵の長男ツィロは、母には懐かなかったし、歳の離れた八歳の妹レーナは実の両親が二人ともいなくなってしまったことで毎日泣いていた。


 使用人たちからの嫌がらせを受け、母は実の娘である私に構う余裕がなくなった。


 使用人からの嫌がらせは私も受けていた。


「レーナお嬢様は育ち盛りなのでたくさんお肉を召し上がりましょうね」


 そう言ってひとつしか歳の変わらない私とレーナの食事を明らかに差別したり、亡くなったホルト伯爵が私のために用意してくれたドレスを「これはレーナお嬢様のものですよ」と言って取り上げたり。


 私もなかなかここが自分の家だと認識できなかったので、文句は言えなかった。


 けれど辛そうにしている母を見ていると、とても相談することなんてできるわけがなくて。


 そしたら食事の量はどんどん減らされていった。

 メインディッシュはもらえなくなったし、スープは残り物のように具材が入っていなかった。あ、それから洗濯もしてくれなくなったっけ。


 そんな中、ただ一人だけ、ホルト伯爵が亡くなる前に私の侍女として付けてくれた新しい使用人のサラだけが、唯一私と口を利いてくれて、お腹を空かせた私にこっそりパンやミルクをもってきてくれた。


 サラはまだ若く、美人だった。新人の使用人だったためか、彼女もあの意地悪な先輩たちと上手くいってなかったのだ。


 子供だった私はそれを感じながらどうすることもできず、こっそりサラと話をする時間を楽しみに日々を過ごした。

 歳は離れていたけれど、サラは私の姉のような存在だったのかもしれない。



 ホルト伯爵が亡くなったことで、長男のツィロが家督を継いだ。

 当時まだ十六歳だったツィロは父の突然の死を受け入れ、若き伯爵として仕事を始めた。


 そんなツィロを支えるためにやってきたのが、ホルト伯爵の遠い親戚にあたるキルステン侯爵――ラルの父だった。


 ホルト伯爵の死後一年の間、キルステン侯爵は定期的にこの家を訪れて、ツィロに仕事のやり方を教えていたのだ。



 私がラルに初めて会ったのはそんなある日、「掃除の邪魔だ」と言われて、使用人に屋敷の庭に追い出されていたとき。


「――何をしているの?」


 とくにすることもなく庭にしゃがみ込んでぼんやりと花を眺めていた私に話しかけてくれたのが、ラルだった。


「君、ここの家の子でしょう?」

「……はい」


 高級なくまのぬいぐるみを連想させるふわふわの髪。その日の青空のように鮮やかな色をした瞳。

 とても優しい雰囲気のあるその男の子は、子供の私にでもわかるくらい高そうな服に身を包んでいた。


 キルステン侯爵というとても偉い人が来ているのは知っていたし、この子が侯爵様の子供だろうなっていうのも直感でわかった。


 きちんと教育を受けているのであろう立ち振る舞い方に、こちらも背筋を正して立ち上がる。


「エレア・ホルトです」


 義妹のレーナが着なくなった少し小さめの服を着ていた私は、同じ年頃の身なりのちゃんとした男の子に恥ずかしい気持ちを覚えつつも、子供なりに背伸びをして淑女らしいお辞儀をした。


「これはエレア嬢。ご丁寧にありがとう。僕はラルフレット・キルステンと申します。父上にはラルと呼ばれております」


 馬鹿にされるかもしれないと少し不安だったけど、彼も紳士らしく礼を返してくれた。


「ふふっ」


 まるで、おままごとのようで可笑しくて、つい笑みを零してしまえば、彼もその形のいい唇の端をにっこりと持ち上げ、歯を見せて笑った。とても可愛い笑顔だなと思った。


 ラルは騎士の家系に生まれ、将来はお父上のような立派な騎士になり、いずれは跡を継いでキルステン侯爵になるのだと話してくれた。


 勉強のためにこうしてホルト家についてきて、このときは休憩がてら庭を散歩しようとしていたら、自分と同い年くらいの私が先ほどから一人でずっとここにいることに気づいて声をかけてくれたらしい。


 ……思えば、ラルはこのときから優しい少年だったのだ。


 ラルとは最初からとても話しやすかった。

 引っ越してきてから友人がいなかった私は、同じ年頃の子ともしばらく話をしていなかったのだけど、ラルはとても話し上手で、厳しくて強くて憧れの存在であるお父上のことや、美しくて優しいお母上の話を面白おかしく聞かせてくれた。


 素敵な家族の話を少し羨ましく思ったけれど、それから私はキルステン侯爵が来る日が待ち遠しくてたまらなくなった。



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