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07.戸惑う気持ち

「今日は疲れたね。エレアを狙ってくる悪い虫を追い払うのは大変だよ。早く婚約を発表したいな」


 パーティーから帰ってきて、お互い楽な格好に着替えると、ラルがまた私の部屋にやってきた。


「もう子供じゃないのだから、ずっと私といてくれなくても大丈夫なのよ?」

「エレアは純真すぎるから、変な男に捕まりはしないかと心配だよ」

「大丈夫よ。二人きりになったりはしないから」


 私の部屋にいた侍女が二人分のお茶を用意してくれると、ラルは笑顔で「ありがとう」と言って彼女を退室させた。


「本当かな。世の中には上手いこと言って女性を騙そうとする男もいるからね。エレアの優しさにつけ込もうとする奴もいるかもしれない」

「だからってあんなふうにいつも一緒にいたら、変に思われてしまうかも……」

「どうして?」

「……だって、普通兄妹はこんな距離で話したりしないもの」


 今も、なぜかラルは私の隣に座っている。

 しかも少し手を伸せば簡単に届いてしまう距離にいる。近い。とても近いのだ。


「だから人は払っただろ?」

「……本来、こんなふうに婚約者以外の人と二人きりになるのはよくないことなのよ」


 先ほどのパーティーよりも近くにいるラルをチラリと見上げると、彼は長い脚を組んでこちらに身体を向け、ソファの背もたれに肘を突き、頰杖をつきながらじぃっとこちらを見ていた。


 その顔が少しだけ不満そうな、怒っているような表情に見える。

 ラルがこんな顔をするのは珍しい。


「僕たちは兄妹だからいいんだよ」


 そして、下ろしていた私の髪を一束取って、「エレアのこのピンクブロンドの髪は本当に美しいな」と言いながらそこに口づけてしまった。

 そんなラルから目を逸らすようにまぶたを伏せ、強く言い切る。


「兄妹は、こんなふうに触れ合ったりしない……っ」

「だってエレアが可愛すぎるから」


 そうすればラルの吐息が頰にかかり、耳元で甘く囁かれた。

 一瞬で熱を持った耳をバッと押さえてラルを見れば、彼はとても楽しそうに笑っていた。


「……ラル」

「ごめんね、エレアの反応が可愛すぎて、つい」


 からかわれただけなのだろうけど、ラルの瞳に見つめられると責めることなんてできなくなる。


 今まではさすがにこんなことをされたことはないけれど、「結婚しよう」と言われているせいか、彼がどういうつもりでこんなことをしてくるのか考えると、どうしても戸惑ってしまう。


 これまで兄と思って接してきた人を、急に婚約者として見ることなんて、できないわよ……。


「……兄妹なのにやりすぎよ、ラル」

「もうすぐ兄妹じゃなくなるから」


 ラルはどこまで本気で言っているのだろうか。


 私が十二歳から十七歳までの五年間、私たちは兄妹として生活してきたのだ。

 確かに余所より仲のいい兄妹であったと思うけど、ラルだって私とひとつしか変わらないのだから、きっと好きな子の一人や二人できたことくらいあるだろう。


 ラルが誰かと交際したことがあるのかは知らないけれど、婚約者を作らないのはいずれフランカ王女と婚約するからなのだろうと思っていた。


「ねぇ、ラル。それ、本気で言ってるの?」

「それって、どれのこと? エレアのことを可愛いと思っていること?」

「……じゃなくて、その……本当に、私と結婚するつもり?」


〝可愛い〟っていうのも、もちろんどういう意味か気になるけど……。だって今まではずっと妹としてそう思ってくれているのだと信じていたから。


 けれど、おそるおそる尋ねた質問に、ラルはきょとんとするように元々まぁるい目を見開いてから、にこりと笑って答えた。


「もちろん。僕はもう決めているよ。エレアが嫌じゃなければ、僕と結婚してほしい」

「……ラル」


 改めてその言葉を聞いて、やっぱりこれは夢でも冗談でもないのだと、ようやく実感が湧いてきた。


「今までずっと兄として僕のことを見てきたのだから、急に婚約者として見てもらうのは無理かもしれないけど……ゆっくりでいいから、僕のことを男として意識してみてくれないかな?」

「……っ」


 何も答えられずただ視線を返すだけの私に、ラルはそっと手を伸すと、頭を撫でるように髪に触れ、その先に愛おしそうにもう一度口づけた。


 その仕草はどう見ても、兄ではなく、一人の男性として私に接しているのがわかる。


「おやすみ、エレア」

「……おやすみなさい、ラル」


 挨拶にだけはなんとか答えると、ラルは優しい笑みを残して部屋を出ていった。


 私は、妹としてでも、ラルに大切にされて幸せだった。それだけで十分だったのだ。

 この五年間の思い出があれば、私はこの先一生頑張れると思っていた。


 けれどあの日、私はポールの浮気現場に突入してしまった。


 本当は、この家を出ていきたくないと、ラルともっと一緒にいたいと、私は心の中で願っていたのだ。


 だって本当は、今でもラルのことを男性として意識してしまっているのだから――。



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