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06.一見癒し系の兄は

 その日、キルステン侯爵家が懇意にしている高位貴族宅で開かれたパーティーに、私はラルと参加していた。


 私とポールの婚約は公の場で発表したわけではなかったけれど、キルステン侯爵家の娘である私が婚約したという噂はあっという間に広まっていた。


 そしてその婚約が白紙となったこともまた、あっという間に広まったようだ。



「こんばんは、エレア嬢。本日のドレスは一段と素敵ですね。よろしければ私と踊っていただけませんか?」

「ああ、エレア殿。お久しぶりです。ずっとお会いしたいと思っておりました。私のこと覚えておりませんか?」

「エレア様、よかったら向こうでゆっくりお話しでも――」


 今夜は随分たくさんの貴族令息に話しかけられる。

 きっと皆キルステン侯爵家と繋がりを持ちたくて私の夫の座を狙っているのでしょうけど、どのお誘いも隣にいるラルが先ほどから美しい笑顔でお断りしているのだ。


「申し訳ない。エレアは肩を痛めていて、今夜は踊れないのです」


 元婚約者(ポール)に乱暴に扱われたあのときのことを言っているのだとしたら、もうすっかりよくなっている。


 けれどラルがあまりにもはっきりそう告げるものだから、誘ってきた貴族のお坊ちゃんたちは何も言えずに「そうでしたか……」と身を引くしかないのだ。



「婚約者がいなくなった途端にこれか。エレアは魅力的すぎて困るな」

「……魅力的なのは私ではなくキルステンの家柄です」

「エレアは本当に謙虚だね。これだから心配で目が離せないよ」


 ラルだって先ほどから美しい貴族令嬢に声をかけられたりダンスのお誘いを受けたりしている。

 それなのにとても爽やかな笑顔で一度も訪れたことのない「また今度」という言葉を返している。


「……私は大丈夫よ。もう子供ではないのだから」

「いいや、この間だって僕がフランカ王女のダンスのお相手をしている間に、エレアがあんな目に遭っていたからね」

「……」


 この国で力のあるキルステン侯爵家の嫡男ラルは、あの日フランカ王女からダンスの誘いを受けて一曲踊ることになった。


 私はその隙にポールのことを追ったのだけど……まさかあんなことになるとまでは思わなかったのだ。


 あの時はラルが来てくれて助かったのだから、私はそれ以上何も言えない。


「あれは私が自分で動いたのよ。それに、ラルだってそろそろ婚約者を決めなければ……」

「僕の婚約者はここにいるだろう? 早く発表して兄ではなく婚約者として堂々とエレアをエスコートしたいよ」

「……っ」


 周りに声が漏れないよう、耳元で囁かれてびくりと身が跳ねる。


「それは……!」

「ふふ、本当に可愛いなぁ、エレアは」


 おそらく真っ赤になってしまっているであろう私を見て、楽しそうにクスクス笑っているラルに、きょろきょろと周りに目を向けた。


 ラルは目立つのだ。

 侯爵家の嫡男というだけでも注目を集める人物なのに、その容姿もとても恵まれている。


 出会った頃はそれほど変わらなかったのに、十五、六歳くらいからぐんぐん背が伸び、今では見上げないと彼と目を合わせられない。


 ゴールドベージュの髪色もとても美しく、端正な顔立ちに嫌味のない可愛い笑顔がとても様になっている。


 ラルの笑顔は母性本能をくすぐる。

 やわらかくて、優しい癒やしのオーラが出ていて……そう、まるで女性や子供を癒すぬいぐるみのような人だと思っているのは、私だけだろうか?


 どんなに美人な高位貴族のご令嬢も、彼の笑顔を前にすれば皆言葉を失って感嘆の息を吐くのだ。


 私たちが血の繋がっていない兄妹であることは周知されているので、社交場でいつもラルの隣にいる私を睨みつけてくる強気なご令嬢も少なくはない。


 ……まぁ、気持ちはわかるけどね。


 妹なんだからその場をどきなさいよと言いたいのだろう。わかりますが、でも私がべったりくっついているわけではないのです……。


 私だって空気は読めます。

 だから婚約者ができたときはエスコートだってポールにお願いしようと思ったし、彼と踊ってこようともした。

 けれど「結婚していないのだから、まだいいんじゃないかな」と言って私を離さなかったのはラルなのだ。


 本当に過保護な兄だと思ってはいたけれど、それは私の生い立ちのせいでもある。


 五年前、ラルに助けを求めたのは私だ。

 ラルは優しくて責任感が強いから、私がこの家から正式に旅立つその日までは自分が面倒を見ようと思ってくれているのだと思う。


 そのせいで、まさか私との結婚まで考えてくれるなんて、想像もしていなかったけど。



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