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53.もう二度と

「うわっ!?」


 かぁっと、身体が熱くなる。


「なんだ!?」


 私の上にいたはずのツィロが、いつの間にか床に転がっているのが視界に映る。


「……酷いわ」

「????」


 私もベッドから降りて、ラディのちぎれた腕と身体を拾い上げ、ぎゅっと胸に抱いた。


「許さない。許さないから……」

「な、なんだよ! たかがぬいぐるみだろ!? それよりお前、今なにを……!」


 床におしりをついたまま、混乱した様子で喚くツィロを、キッと睨む。


「同じ目に遭わせてあげる」

「……は?」


 ただ悲しくて、悔しくて、許せなかった。

 私の大切なラディに、こんなことするなんて。


「ぐあ……っ!? 痛いッ、なんだお前、何してる!!? いてててててて……! や、やめろ……!!」


 頭に血が上る感覚で、力が身体から溢れ出る。

 怒りをぶつけるようにツィロを睨んでいたら、彼は腕を押さえて痛がり始めた。


「ラディと同じ目に遭って、後悔すればいいのよ……!」

「痛い痛い痛い痛い――っ、やめろ――!!!」

「エレア!!」


 屋敷中に響き渡りそうなほど大きな声でツィロがそう叫んだとき、勢いよく部屋の扉が開いて、ラルが私の名前を呼んだ。


「ラル……」


 その瞬間、私の身体からふっと力が抜けていく。そして同時に、胸の奥がぎゅっと締めつけられて、目頭が熱くなった。


「エレア! 大丈夫か!?」


 ラルは床に転がって腕を押さえているツィロに一瞬目を向けてから、真っ先に私に駆け寄り、心配そうに肩を抱いてくれた。


「ラル……ラディが……」


 そんなラルに、胸の中に抱いていた、腕のちぎれたラディを見せる。


「大丈夫だよ、ラディはメアリに直してもらおう。彼女の裁縫の腕を知らないのか? すぐに元通りになるよ」

「うん……」


 腕のちぎれたラディを見て、ラルも一瞬顔をしかめたけれど、すぐに私を安心させるように優しく微笑んでくれる。


 そして、バタバタと後から入ってきた使用人たちの中にメアリの姿もあって、彼女はそれを聞いて私に歩み寄り、そっとラディを私の手から抱き上げた。


「お任せください! 大丈夫ですよ、エレア様! ラディちゃんは私がしっかり元通りにしてみせましょう」

「ええ……お願い」


 ラルとメアリの優しい表情に安堵した私の頰を、とうとう涙が伝う。

 けれど、私の心は落ち着きを取り戻していた。


「く……、なんだ……なんなんだ……!」


 すると、床に転がっていたツィロが腕を押さえながら上体を起こした。

 同じ目に遭えばいいとは思ったけど、彼の腕は繋がっているようだ。


「どうして貴方がここにいるのでしょうか。使用人に聞いた話だと、貴方は帰る前にお手洗いに寄ったそうですが……ここはそれではないと、わかっていますよね?」


 冷たい声で発せられたラルの言葉に、ツィロがぐっと言葉を呑み込んだのがわかる。

 どうやらトイレに行くと言って使用人の目を盗み、私の部屋を探し当てたようだ。


「それは……」

「勝手な真似をされては困るな。お前、死にたいのか?」


 ツィロに身体を向けたラルの表情は、私からは窺えない。けれど、その言葉を聞くだけで、ラルがとても怒っているのがわかる。


「いっ、今、こいつに殺されそうになったのは俺のほうだぞ!?」

「エレアに何をした?」

「…………は?」


 汚い声で叫びながら私を指さすツィロに、ラルは間髪入れずに問う。


「このぬいぐるみはいつもエレアのベッドの上にいる。お前はそれに触れた。なぜ?」

「……それは」


 ツィロは答えられない。答えられるはずがない。だって彼は私を無理やりベッドに押さえつけたのだから。

 何をしようとしていたのかは、聞かなくたってわかるし、それを聞いたラルが自分をどのように処分するのかは、おそらく考えたくないだろう。


 だって、こんなに怒っているラルは私だって見たことがないし、とても怖い。


「エレアに何かしたら、殺すぞ」


 まだ床に座り込んでいたツィロと視線を合わせるようにしゃがみ込んだラルが、とても静かにそう言った。


 さぁっと顔から血の気が引いていくツィロと、まるで剣のように鋭い声に、私まで身体がぞくりと一瞬震えた。


 いつも優しくて、穏やかなラルからは想像もつかないような冷たい声だった。


 けれどそれは同時に、ラルがどのくらい怒っているのかということを物語っていた。


「――ともかく、貴方は約束を破った。誓約書に基づき、今後ホルト家との取り引きの一切を中止とさせていただく」

「あ……、待って、待ってくれ……!」

「二度とこの家にもエレアにも近づかないでいただきたい。もし近づいたらその時は――」


 最後に、ラルはツィロの耳元で何かを囁いた。


 何を言ったのか私の耳には届かなかったけれど、それを聞いたツィロは青白い顔で口をパクパクと開き、目に涙を溜めて震えていた。



 それから、腰の抜けてしまったらしいツィロは、使用人たちに引きずられるようにしてこの部屋を出ていった。


 最後にメアリが「では、ラディちゃんのことはお任せください」と言いながら部屋を出ていったことで、そこには私とラルだけが残された。


 二人きりになった途端、急に押し寄せてくる安堵感に力が抜けて、私はぽすりとベッドに腰を下ろした。


「エレア……怖かったね」

「……っ」


 ラルも隣に座って、その大きな身体で私を包み込んでくれる。

 ラルはもう、いつもと同じ、優しくて穏やかな声をしていた。

 今になって、急に身体が震え出す。涙が止まらない。


 やだ、どうして……


「僕のせいだ。ごめんね、もう誰にもエレアを傷つけさせないと決めたのに。僕があいつから目を離さなければよかった」

「……ううん。来てくれてありがとう、ラル……」


 よしよし、と背中を撫でながら、私が落ち着くまでラルはずっとそうしてくれていた。


 怖かったけど、ラルの温もりはとても安心する。


 ラルがいてくれたら、きっと私は何があっても大丈夫だ。



あと1話(明日)で完結です。

最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

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