05.僕の想い※ラル視点
「――エレアの様子はどうだ?」
「肩や背中に痛みはもうないようですし、調子もよさそうでしたよ、父上」
「そうか、それはよかった」
エレアの部屋から出た僕は、その足でリビングへ向かった。
そこには僕を待っていたかのように父上がソファに座ってゆるりとブランデーを飲んでいた。
「エレアにはもう話したのだろう?」
「はい。もちろん」
父上に促されて対面しているソファに腰を下ろすと、控えていた使用人が手際よく僕のグラスにもブランデーを注ぐ。
「あの子はなんと?」
「戸惑っているようでしたけど、受け入れてくれましたよ」
「……そうか」
それに口をつけて答えると、父上も舐めるようにブランデーを口に含み、僕と同じ色の前髪をかき上げてから、安心したように背もたれに背中を預けた。
エレアの治療が終わった後すぐに、父上にはポールが働いた愚行と、自分がエレアと結婚したいという思いを伝えている。
父上はすぐにポールの父であるヘルテン伯爵に、エレアとの婚約をなかったことにしたいという旨をしたためた手紙を書いてくれた。
そして僕がエレアと結婚したいという気持ちにも、頷いてくれた。
すべては順調に進んでいるが、少し強引に決めてしまったかもしれない。
エレアはどう見ても動揺していたし、僕の言葉をまだ受け入れた様子ではなかった。
それでも、僕との結婚が嫌かと問えば小さな声で「嫌じゃない」と否定してくれた彼女に、たったそれだけで僕の胸はじんわりと幸福に包まれていった。
彼女にとっては突然のことだったのだから、まだ気持ちが追いついていないのだ。
それにポールにされたことで、心にも傷を負っただろう。
かわいそうに……。
「まずはあの子の養子としての受け入れ先だな。私もあてがあるから少しあたってみよう」
「ありがとうございます。でも交渉は僕がしますよ」
まっすぐに見据えて答えると、息子の覚悟がどれほどのものか察したらしい父上が、顎を引くように小さく頷いた。
「わかった。しかし突然だったな。ヘルテンの息子が愚かな行為を働いたとは言え、お前には前からその気があったのだろう? 言ってくれればよかったものを。一体いつからなんだ? あの子をそういうふうに見始めたのは」
「いつからか、ですか――」
その問いに、思わず自嘲してしまう。
その答えを聞いたら、父上はどんな顔をするだろうか。
あの日の自分の判断を悔やむか?
それとも兄妹として育ってきたあの日から今日までの僕とエレアの日々を、否定するのだろうか。
だが、こうなった今、僕としてはまったく後悔はしていない。
これまで兄として堂々と一番近くでエレアを見てこられた。彼女を守ってこられた。
そしてこれからは婚約者として、彼女に寄り添えるのだ。
僕にとってこれ以上の幸福はない。神に感謝する。
「本気なんだろう? ラルフレット」
質問に答えず彼女を想っていた僕を見て、改めて父上が問う。
「もちろんです」
その問いには間を置かず速答してみせると、今はそれだけで十分だと感じたらしい父は、僕の真剣な瞳を見つめて口元だけに小さく笑みを浮かべた。
……エレア。
もう他の誰のところにも渡さない。もう誰にも君を傷つけさせない。
そんな心配は、もうしなくて済む。
本当は今すぐにでも結婚して彼女を妻にしたいが、残念ながら僕たちは他の者たちより少し多く手続きしなければならないことがある。
ポールとの婚約を白紙に戻し、エレアをキルステン家の籍から抜き、新たに信頼できる高位貴族の家に養子として受け入れてもらい、それから最低三ヶ月は婚約期間を設ける必要がある。
――でも、そんなものはすぐに終わらせる。
これまでの数年に比べたら、きっとあっという間だろう。
それに、まずはエレアの僕への気持ちを〝兄〟から〝男〟として、に持ってこなければならないね。
エレアは覚えているだろうか。
初めて会った七年前のことを。
あのときはまだ子供だったけど、エレアは僕の初恋だった。
エレアも、あのときは僕を一人の〝男の子〟として見てくれていたはずだ。
あのときはまだ、僕が〝兄〟になるなんて思ってもいなかったはずなんだ。
でも大丈夫。あのころの気持ちを思い出してくれればいいだけだから。
五年前の、あのときみたいに。
もう一度僕を頼って、僕だけを見てほしい――。