45.見つかった
『エレア、少しいいかな?』
「――隠れてください!!」
食事を下げてもらい、新しくお茶を淹れて部屋でくつろいでいたときだった。
扉をノックする音と共に、ラルの声が耳についた。
しまった。
仕事から帰ったラルを出迎えることもせず、夕食を一緒にとらなかったのだ。
ラルが私の様子を見に来るなど、簡単に想像できたはずなのに――。
私のほうから行けばよかったと後悔しつつも、急いでフランカ様にはベッドに隠れてもらい、ラルを迎える。
「ああ、ラル。ごめんなさい、勉強に集中していて」
「大丈夫かい?」
案の定、ラルはとても心配そうに眉根を寄せて私の顔色を窺ってきた。
「ええ、大丈夫。この通りよ」
ラルに心配をかけてしまったことは本当に心苦しくて、いつも以上に笑顔を浮かべて見せると、ラルはかえって不思議そうに少し目を見開いた。
「……一緒に食事もとらずに勉強なんて、少し根を詰めすぎなんじゃないか?」
「そうかもしれないわね。今日はもうやめて、休むことにするわ」
ラルは本当に優しいのね。でもごめんなさい、勉強なんて、本当は嘘なの。
ラルの純粋な気持ちを裏切っているようで、本当に心が痛い。
ラルには、フランカ様のことを話してもいいような気がする。でも、私の独断では決められないから、後でフランカ様の許可を取ろう。
「その前に、少しだけ食後のお茶に付き合ってもいいかな?」
テーブルの上の紅茶を見て、ラルが嬉しそうに笑った。
ああ、そうか。カップをふたつ用意したから……ラルの分だと思うわよね、普通。
「嬉しいな。もしかしてエレアも僕を呼びにこようと思ってた? それとも、そろそろ僕が来ることだと思ったのかな」
「あー……ええ、そうね。そうなの」
そんなに嬉しそうにされたら、否定なんてできるわけがない。でも、ベッドの中には王女様がいる。いつまでもあのまま放置しておくわけにはいかない。
「あっ! そうだわ、どうしてもすぐにやってしまいたいところがあったんだ……ごめんなさい、ラル。お茶はまた今度でもいいかしら?」
だから、ラルに嘘をつくのは辛いけど、今はそう言ってラルに帰ってもらおうとしたのだけど……
「本当に熱心だね。それじゃあ僕が教えてあげるよ。一緒にお茶を飲みながら勉強しよう」
「ええと……一人でもできるから、大丈夫よ」
「……」
今のは不自然だったかしら? これではラルを邪魔だと言っているみたいに聞こえる?
「……わかった。本当のことを言おうか」
「え?」
不思議そうに私を見つめたラルが、ふっと短く息を吐いて言った言葉に、ドキリと胸が跳ねたのは私。
「僕がエレアと一緒にいたいんだ。少しでいいんだけど……僕は邪魔かな?」
まさか、フランカ様のことがばれたのかと思ったけれど、どうやら違うみたい。
「邪魔じゃないわ……! 邪魔なわけないじゃない!」
悲しげに瞳を細めたラルを見て、私の胸はぎゅっと締めつけられる。
「……じゃあ、一杯だけ」
いいですよね? それくらい。
そう思いながら、ちらりとベッドに目を向けつつ、ラルと共にソファに座る。
フランカ様は大人しくしているようで、布団はピクリとも動かない。
「今日はエレアと夕食がとれなかっただろう? 一緒に食事ができないだけで、こんなに寂しく思うなんて、自分でも驚いたよ」
「……ごめんなさい。でも、嬉しいわ」
「本当は、もっとずっと一緒にいたいよ」
「ラル……」
隣に座ったラルを見上げると、彼の手が私の頰に伸びてきた。
「……エレア」
…………ん?
待って、この雰囲気って、もしかして……!
「……――あ」
今はちょっと、待って……!!
キスしようとしているのか、ゆっくりと目を細めて顔を近づけてくるラルを制止させるように、私は彼の胸に手を置いてしまった。
「……エレア?」
「あ……、えっと、その……勉強、わからないところがあったから、聞いてもいい?」
「……ああ、いいけど」
「ありがとう!」
甘い雰囲気をぶち壊すような明るい声でそう言って、すっくと立ち上がる。
ラル、ごめんなさい……!!
フランカ様の許可を得たら、必ずちゃんと説明するから……!!
くるりと彼に背中を向けて、心の中で目一杯彼に謝罪する。
そうしながら机のほうに足を踏み出したときだった。
「……っ」
「エレア、好きだよ」
手を引かれたと思ったら、後ろからラルにぎゅっと抱きしめられた。
ああ……私はきっと、彼に寂しい思いをさせているのね。自分でもわかるもの。素っ気ない態度を取って、彼を避けているって。
「エレア……」
不安に揺れるラルの声に、私の胸は痛いくらい締めつけられる。
そして、私を抱いている力を緩めた彼にくるりと身体を反転させられると、今度は逃がさないと言うように頰を両手で包み込まれた。
これはもう、拒めない。拒みたくない……。
そう想いながらそっとまぶたをおろしたけれど、いつまで経ってもラルの口づけが降ってこないことに疑問を感じて目を開けた。
「――え?」
ラルは私を見ていなかった。顔を横に向けて、そう高い声を上げた。
どうしたのだろうと、ラルの視線の先を追うようにベッドのほうへ顔を向けて、私の心臓は大きく跳ねる。
「あっ……!」
そこには、布団から顔を出してじっとこちらを見つめているフランカ様の姿があったのだ。
「私に構わず、どうぞ続けて」
「フランカ王女……! なぜここに!?」
なんでもないことのようにそう口にしたフランカ様だけど、ラルは慌てて私から手を離し、王女を前に跪いた。
「話せば長いのよ。でも、とりあえず今日はここに泊まるから」
私たちがもうキスしないということを悟って、つまらなそうに息を吐くと、フランカ様はそう言いながら布団から出て身体を起こした。
「……」
ラルが説明を求めるように私を見たから、こちらも深い深い溜め息を吐いて、これから彼に事情を説明することにした。




