43.フランカ王女の企み2
「…………え?」
私の耳に顔を寄せるようにしてこっそりと囁かれた言葉に、私は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
「……今、なんとおっしゃいましたか?」
「もちろん本当に駆け落ちするわけじゃないわ。ただ、お父様に私の本気を見せたいのよ」
「はあ……」
覚悟を決めたような、たくましいお顔で話を続けるフランカ様に、なんと言葉をお返しすればいいかもわからなくなる。
びっくりしたけど、本気で駆け落ちするわけではないのね……よかった。
それでも真剣な表情のフランカ様を見て、この方が〝駆け落ちもどき〟を本気で企んでいるのだろうということは感じ取れた。
「だから、お父様に手紙を書いてお城を出るから、貴女のところでかくまってほしいの」
「それは……」
なるほど。そういうことか。
それなら王女の身は安全だろう。
けれど、そんなことに手を貸すなんて、さすがに王女の頼みとはいえ、難しいお願いだ。
「うちにも警備の者はおりますし、フランカ様だと気づかれないように来るのは難しいかと……さすがに皆に黙っててもらうというのも……」
「大丈夫! 私に考えがあるから、そこは安心して!」
「……ですが」
「お願いよ! 絶対に貴女やキルステン家の迷惑になるようなことにはさせないから!」
「そう言われましても……」
既に、私は困っているのですけど?
声を抑えつつも強く訴えてくるフランカ様にそう思いながらも、最初に浮かんだ疑問を尋ねてみる。
「どうして私に頼むのですか?」
「……本当は言いたくなかったのだけど」
「?」
すると、簡単に「うん」と言わない私に、フランカ様は目尻をつり上げた。
「もし彼と結婚できないのなら、私はラルフレットと結婚するわよ」
「え!?」
そして、私の質問の答えとは微妙にずれた返答をされて、つい大きな声を出してしまった私は、はっとして侍女のほうへ目を向けた。
……大丈夫。こっちは見ていないわね。
「王女の力があれば、貴女とラルフレットの婚約なんて簡単に白紙にできるんだから。お父様も、友人の息子との結婚なら大いに賛成でしょうし。それは嫌でしょう? だから協力して!」
「そうおっしゃられましても……」
脅しに近いことを言うフランカ様に、私の頰は引き攣ってしまう。
大人しそうに見えて……なかなかお強い王女様だと思う。
「お願い! 彼はこの国に留学していて、この間まで同じ学園で一緒に学んでいたの。私は彼以外の男性とは一緒になりたくない! 貴女にならこの気持ちがわかるでしょう?」
「……」
王女のまっすぐな瞳が私に訴えてくる。
確かに、私にはその気持ちがよくわかる。
本当に、心から好きな人がいるのなら、応援したいとも思う。
「それにね、お父様は私を他国へやりたくないだけで、彼は立派な人なのよ。王女の結婚相手として決して相応しくない人じゃないの。貴女は私に脅されて、無理やり付き合わされるだけだから。ねぇ、いいでしょう?」
普段は口数の少ないフランカ様が、これほど必死になるなんて。
「……わかりました」
これはもう、言うことを聞いてあげる以外に選択肢はなさそうだ。
でも、本当にキルステン家の迷惑にならないわよね?
「ありがとう! 貴女ならきっとわかってくれると思っていたの。貴女のこともキルステン家のことも全力で守るから。それに、お父様とキルステン侯爵は友人同士だから、きっと大丈夫よ!」
「だといいのですが……」
私だけならまだしも、キルステン家に迷惑はかけたくない。
だけど王女様がこれだけ言ってくれているのだから、信じようと思う。
「それで、どうするのですか?」
「私は一度部屋に戻って侍女の目を盗むから、貴女は馬車で待ってて。友達が来るとかなんとか言って」
「はあ……」
どうやら計画済みらしい。というか、今日決行ですか。
突然すぎる……と頭を抱えたけれど、フランカ様は「それじゃあ、頼んだわよ」と言って侍女を呼びつけてしまった。
まだ詳しいことは聞いていないというのに……。
「今日は楽しかったわ。ぜひまたいらしてくださいね」
「はあ」
フランカ様はすぐにいつものような冷めた表情で一言そう言うと、侍女と一緒に戻っていかれた。
私からは気の抜けた返事しか出てこなかった。




