41.甘い甘い口づけ2※ラル視点
エレアのほうから僕の部屋を訪れるのはとても珍しかった。
何か話したいことがあるのだろうとすぐに察して彼女を招き入れ、紅茶を用意してエレアの隣に腰を下ろすと、彼女の口から〝フローラ〟の名が語られて、一瞬嫌な汗が背中を伝った。
フローラ嬢のことは、できればエレアに知られたくなかった。エレアに余計な心配はかけたくなかったからだ。
僕は絶対にエレアを裏切らない。だから、フローラ嬢のことは敢えてエレアに知らせる必要はないと思っていたのだ。
だが、まさかフローラ嬢が直接エレアに会いに来てしまうなんて。
彼女の行動には本当に頭を抱えさせられると思ったが、エレアはそんなことよりも僕を労う言葉をかけてくれた。
エレアは、本当に優しい女性だ。昔からそうだった。
自分のことよりも人のことを気にしていた彼女を守ってやりたいと、僕の手で幸せにしてやりたいと願ったのが始まりだった。
だが、エレアも僕と同じように思ってくれているらしいことがわかって、胸がぎゅっと締めつけられた。
更に、エレアは続けた。
「私は……嫌じゃないのよ……?」
一瞬、何がだろうかと考えたが、自ら僕の手に自分の小さな両手を重ねたそこをじっと見つめているエレアの顔が赤くなっていて、なんのことを言っているのか、なんとなく悟った。
「少し緊張して……その、とてもドキドキするけど、でも私は本当にラルのことが好きだから……」
そして続けられた言葉に、確信する。
先日、馬車の中で、僕はエレアに口づけたいと思いながら、その気持ちが伝わるようエレアのことを見つめた。
しかし、彼女は逃げるように僕から視線を逸らしていた。
だがそれも無理はない。エレアはまだ子供の頃に、見たくはないものを見てしまったことがあるのだから。
義兄ツィロと、元侍女のそういうところに、エレアはおそらく遭遇している。
だから僕は、エレアが男性に嫌悪感を抱いているのではないかと思っていた。
エレアが嫌がることはしないと、僕は決めている。
エレアが我慢したり、無理をするような関係は嫌だ。そうなるくらいなら、僕はいくらでも我慢できる。
……いや、本音を言えば、目の前に愛おしいエレアがいて、口づけたいという衝動を抑えるのは少し辛い。だが、エレアに嫌な思いをさせるくらいなら、いつまでだって待てると思った。
いつか僕を受け入れてくれるその日まで、いくらでも待とうと思っていたのだ。
どうやらそれが、思いの外早く訪れたようだ。
「……可愛い。僕のエレア」
ぎゅっと目を閉じているエレアがあまりにも可愛くて、思わず笑みがこぼれた。
そんな彼女の頭を極力優しく撫でて、小さく震えているエレアの長いまつげを見つめながら、まずはまぶたに口づけた。
それから頰と、鼻先へも優しく唇を当てると、エレアの身体から少し力が抜けたのがわかった。
そうしてから、もう一度目を閉じている可愛いエレアの顔を見つめると、胸の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。
僕はエレアのことが世界一愛おしい。
「……――」
その気持ちを込めて、そっと彼女のやわらかな唇に自分の唇を重ね、一度すぐに離した。
彼女の様子を確認するように見つめると、エレアもそっとまぶたを持ち上げて僕を見つめてくれた。
その瞳は確かに熱を孕んでいて、彼女も物足りなそうに見えたから、安心して再び唇を重ねた。
「エレア、好きだよ。愛してる」
そう囁いて今度は先ほどよりもしっかりと重ねれば、エレアの肩に少しだけ力が入った。
それでもその華奢な肩を抱いて、角度を変えながらエレアのやわらかな唇を堪能すると、エレアから可愛い吐息がこぼれた。
可愛すぎて、正直たまらない――。
もっと、もっと……と、深く彼女を求めてしまいそうになるのをなんとか抑え、そっと唇を離すと、至近距離で恥ずかしそうに微笑むエレアと目が合った。
とても可愛い、世界一可愛い僕のエレア。
このまま自分の胸の中に閉じ込めてしまいたいなんて、そんな馬鹿なことを一瞬本気で考えて彼女を強く抱きしめる。
「エレア……愛してるよ。一生、僕がそばにいるからね」
「私も愛しているわ」
エレアの腕もそっと僕の背中に回されて、とても満たされた気持ちに包まれる。
本当に、僕は世界一の幸せ者だ。
「……――」
それからもう一度唇を重ねて、エレアの呼吸すらも奪うように、何度も何度も互いの熱を交わし合った。




