40.甘い甘い口づけ1
その日の夕食の後、仕事から戻ったラルの部屋に、私のほうから訪れた。
「今紅茶を淹れるね」
「ええ……ありがとう」
ラルは部屋に一人きりで、私の来訪を嬉しそうに迎えてくれた。
「エレアのほうから来てくれるなんて珍しいよね」
手際よく紅茶を用意してテーブルに置くと、ソファに座っていた私の隣に、ラルも当然のように腰を下ろす。
そして、「何かあった?」と聞くように優しく声をかけられて、私は今日あったことを彼に伝えることにした。
「実は今日、フローラさんが訪ねてきて、お話をしたの」
「え……?」
彼女の名前を聞いて、ラルはそのまぁるい瞳を見開いた。
「簡単にだけど、聞いたわ。色々と……」
ラルが過去に彼女を助けたこと。ポールの浮気の証拠を掴もうとしてくれていたこと。強引な手でそれを私に目撃させた彼女を、咎めたこと……。
「……すまない、心配をかけたね」
「ううん。ラル、大変だったでしょう?」
本当は、私には黙っておきたかったのだと思う。
フローラさんが言わなければ、私は知ることがなかったのだろう。
だけど、私は傷ついてなんかいないわ。
「ラルはいつも一人で抱え込むんだから……」
そんなことよりも、ラルが一人で悩み、苦しんでいることに気がつけなかった自分が憎くて、悔しくてたまらない。
それはラルがとても上手に隠してくれていたからだということもわかってる。
それがラルの優しさであるということも、わかってる……。
だけど、
「お願いだから、もう一人で悩んだりしないで。ラルが私を想ってくれているのと同じように、私もラルのことを想っているのよ」
こちらからラルの手に自分の両手を重ねて、この気持ちが伝わるよう訴える。
そしたらラルもぎゅっと眉根を寄せながらも、口元に笑みを浮かべて微笑んでくれた。
「……わかった。ごめん、エレア。ありがとう」
「……それから、あまり我慢もしないで……?」
「……え?」
ラルの大きな手を握りながら、少し勇気を出して言葉を紡ぐ。
「私は……嫌じゃないのよ……?」
それでもやっぱりラルの目を見る度胸はまだなくて、重ねた手を見つめながら俯き気味にそう言った。
「少し緊張して……その、とてもドキドキするけど、でも私は本当にラルのことが好きだから……」
「……」
言いながら、既に自分の胸が高鳴っているのがわかる。
室内が静か過ぎて、ラルにも聞こえているのではないかと思うととても恥ずかしいけれど、メアリも言ってくれたように、ラルは私のすべてを受け入れてくれるような気がする。
それを思うと、勇気が出る。だから結局、私はラルから勇気をもらっているのだ。
「嬉しいよ……ありがとう、エレア」
「……っ」
そしたら、私が何を言いたいのか察してくれたらしいラルが、そっと手を持ち上げて私の頰に添えた。
すっかり治った右手で髪を撫でるように頭に触れてくるラルの瞳を直視する勇気はまだ持てないから、思い切って目をつむれば、「……可愛い。僕のエレア」と耳元でラルの声がする。
そして優しくまぶたに口づけを落とすラルに、黙って身を預けていれば、ゆっくりと、探るように顔のあちこちにキスをくれる。
ぞわぞわと、身体中を何かが走り抜けていく。
既に甘くてとろけてしまいそうだ。
「エレア、好きだよ。愛してる」
何度もそんな言葉を繰り返しながら、ラルは私の唇に自分のを重ねた。
やわらかくて、あたたかくて、とても心地いい。
頭がぼーっとして、他のことは何も考えられなくなる。
優しく抱きしめられながら、大好きな人の腕の中でたくさん愛の囁きを聞きながら――初めてのキスだなんて。
私は幸せすぎて、明日死ぬのではないかと思ってしまうくらいだ。
「エレア……愛してるよ。一生、僕がそばにいるからね」
「私も愛しているわ――」
何度も何度も愛の言葉を繰り返しながらも、言葉では足りないと言うみたいに互いの熱を交わし合った。
とろけてしまいそうなほどに甘くて、身体から力が抜けていく。
「ラル……ちょっと待って……」
「……大丈夫?」
そのうち息をするタイミングもわからなくなって、ぎゅっとラルの服を握った私をようやく解放してくれると、荒く乱れた呼吸を整える私を見て、また耳元で小さく「可愛い」と囁かれた。そして、「たまらない」とでも言うように、ちゅっと額に口づけを落とされる。
「続きはちゃんと結婚してからにするね?」
「……えっ!?」
「あれ? すぐほしかった?」
「ちが……っ!!」
キスだけでこんなに心臓がドキドキ言って壊れてしまいそうになっているのに、私、大丈夫!?
かぁっと熱が集まる顔でラルに目を向けると、とても楽しそうにクスッと笑って「冗談だよ」と口にされる。
「大丈夫だよ。エレアの嫌がることはしない。もちろん結婚してからもね」
「でも……」
また私は、ラルに我慢させてしまっているのかもしれない。
そう思って勇気を振り絞ろうと思ったけど、ポン、とラルの手が頭に乗った。
「いきなり無理しちゃ駄目だよ? 僕を誰だと思っているんだ。エレアのことならなんだってわかるし、いつまでだって待てるから」
「……わかったわ」
穏やかな口調でそう言って微笑んでくれるラルに素直に頷けば、ラルも嬉しそうに「よし」と言ってくれた。
結婚後の甘い生活を一瞬想像して、茹でられたみたいに真っ赤になってしまった私を、ラルはまた「可愛い」と言って抱きしめた。




