39.女同士の話し合い2
ラルのためにやって、ラルに怒られたから謝りにきた?
それじゃあ、フローラさんは、ラルのことが好きなの……?
それにしても、好きな男性がいるのに、その人のためとはいえ他の男を誘うなんて……。
本当に、どうしてそこまでできるのだろうか。
「フローラさん、顔を上げてください」
「……許してくれるの?」
座ったまま深く頭を下げていたフローラさんに声をかけると、彼女は窺うような視線を私に向けてきた。
「許すも何も、私は最初から貴女には何も怒っていないわ」
「……本当に? でも私は、ラルフレット様のことしか考えてなかったのよ。貴女が傷つくかどうかなんて、どうでもよかったの」
ラルは私のことを思って彼女を咎めたのだろうけど、ポールとの婚約を白紙に戻すことができて、私はむしろ、彼女に感謝しているくらいだったのだ。
しかもそれが、ポールの浮気現場を目撃させるために自らの身体を張ったなんて――。
たとえラルのためでも、私に同じことができるだろうか?
……きっと私には、そんなことできない。
「ラルが証拠を掴みたがっていたと言っても、そこまでするなんて……貴女だって辛かったでしょう?」
「え……?」
私はあの日まで、フローラさんのことを知りもしなかった。
けれど、彼女はそんなにラルのことが好きだったなんて。
今までラルのことを好きな女性はたくさん見てきた。
でも彼女は、私の前でラルを誘うことはしなかった。
それはたぶん、ラルがいい気をしないとわかっていたからだと思う。
ラル自身も、自分のことを狙っている女性と私が、極力鉢合わせしないようにしてくれていたのも、なんとなく知っている。
けれど今までずっと妹としてラルを独占し続けて、正式に婚約までした私は、そんな彼女たちの気持ちを無視してはいけないような気がする。
「婚約者がいながら、他の女性に誘われてついていったあの人が悪いのだもの……。貴女は謝らないで」
だから、フローラさんの気持ちを思うと、とても胸が痛い。
だってラルのためと言いながら、結果、そのラルは私と婚約してしまったのだ。
私を傷つけたと謝ってくれているけれど、結果的に彼女は何ひとつ得をしていない。
それに、さすがに好きな人の恋の成就に、自分が一躍担うかたちになるとは思っていなかったのではないだろうか……。
「でも、私が誘ったのよ? 次はラルフレット様を同じように誘惑するかもしれないわよ? っていうか実際、誘ってみたんだけどね。まぁ、全然なびいてくれなかったけど」
やっぱり。あの日、フローラさんはラルのことを部屋に誘ったのだろうか。その時に、ラルの胸元に彼女の口紅が付いてしまったのだろうか。
それを思うとやっぱり少し嫌だけど、ラルは乗らなかったようなので、安心する。
「正直、それは困るけど……でもラルが他の女性から誘惑されても、ポール様のようについていく男じゃないということはわかっているから」
以前、フローラさんと二人で話をしに行ったラルに、確かに私はやきもちを焼いてしまった。
けれど、今ははっきり言い切れる。ラルは私が傷つくようなことは絶対にしない。
「……これは敵わないわね」
「え?」
相変わらず美人でスタイルのいい彼女を前に、堂々と背筋を正してまっすぐ答えると、フローラさんは息を吐きながらそう言葉をこぼした。
「あのエレアちゃんが、まさかこんなにいい子だったなんて。ここは怒っていいところよ? 頰のひとつやふたつ、ひっぱたかれる覚悟で来たのだから。それなのに、私のことを心配するなんて……私には無理」
「私だって、好きな人のために自分を犠牲にすることなんて無理よ」
「あら? 貴女もしかしてまだ経験ないの? 可愛いお嬢ちゃんなのね」
わざと挑発的な笑みを浮かべてそう言ったフローラさんの言葉に、少しだけ身体が熱くなったけど、ここはレディとして冷静に応えなければ。
「それで、ラルの婚約者として伺いますが、ラルとはどのようなご関係なのですか?」
気を取り直すように咳払いをして、堂々と尋ねる。
昔ラルとお付き合いしていたとかだったらどうしよう……。
彼女の言い方では、きっと色々と経験がおありのようだから、ラルともそういう仲だったなんて、本当は聞きたくない。たとえラルに気持ちがなかったとしても。
「婚約者様の心配するようなことはないから安心して? ラルフレット様には昔少し助けてもらって、恩があるの。まぁ、私は好きだったけど、全然靡いてくれないから、こちらも恩を売ってお礼のひとつやふたついただこうと思ったのだけどね」
そんな私の心情などお見通しだと言うように笑いながら語るフローラさんに、私の頰が赤くなるのを感じる。
「うち、貧乏で借金があるのよ。だからラルフレット様のようなお金持ちと結婚したかったのだけど、彼は無理そうね」
残念だけど、他を当たるわ。
そう言って、フローラさんは紅茶を飲み干すと、「ご馳走様」と言って、美しい笑顔を残して帰っていった。




