36.彼女を想う男たち※ラル視点
フランカ王女の誕生日パーティーに参加していた僕とエレアがそろそろ帰ろうと思っていたところに、同じ騎士団の同僚、ギドが慌てた様子で声をかけてきた。
どうやら僕に話があるらしいが、なんとなく彼が僕に何を聞きたいのかはすぐに察しがついた。
エレアを一人にはしたくはなかったが、エレアの前では話しにくいのだろう。
彼女も空気を読んで「大丈夫」と言うので、見せつけるようにエレアの額に口づけを落として、僕は少しだけ彼女の側を離れることにした。
「――どうした。そんなに慌てて。魔物でも現れたのか?」
この国ではここ数年は魔物の被害も少なく、比較的平和だ。
だが、先日西の町を襲ったウルフの群れの件もあるから、僕はまだ完治していない腕を見ながら冗談半分でそう言ってみた。
もちろん、そんなことが用件ではないことはわかっているが。
「聞いたぞ、エレアちゃんがキルステン家から籍を抜いたと」
「ああ」
しかし僕の冗談には触れもせずに本題に入るギドは、相当切羽詰まっている様子だ。
「今更なぜだ。それに今日は随分エレアちゃんと親しくしているようだな。皆噂していたぞ。いくら籍を抜いたからと言っても、あれでは誰も近づけない。お前がべったりしていては、エレアちゃんの新しい婚約者が決まらないぞ?」
ギドには関係ないだろう。と言いたいところだが、彼の気持ちはわかっている。
だから、教えてやることにした。
「エレアは僕と結婚するからいいんだよ」
「………………は?」
正直にそう答えると、ギドはとても間の抜けた顔で一言だけ声を漏らした。
騎士らしからぬだらしのない顔だぞと、言ってやりたくなる。
「……冗談だろ?」
「本当だ」
信じたくないのか、口元を引き攣らせて冗談だと言ってほしそうにひくひくさせているギドに、僕は食い気味で答えた。
「なっ、なぜだ!? お前はフランカ王女と結婚するんじゃなかったのか!? 妹のためにわざわざそこまでするなんて……!!」
そうすればようやく僕が冗談で言っているのではないと理解したらしいギドが、今度は大きく口を開いて身振り手振りで騒ぎ出す。
周りに人がいない場所を選んだとはいえ、あまり大声を出さないでほしい。
「王女と結婚するというのは単なる噂だ。お前までそんな噂を信じていたのか」
「いや……しかし、妹と結婚するなんて、やはりどうかしてるだろ!?」
「エレアと血が繋がっていないのは知っているだろう? たった五年だけ、同じ姓を名乗っていただけだ。……まぁ、すぐにまたそうなるが」
そんなに僕とエレアが結婚することが嫌なのか、ギドは興奮気味に続けた。
一時エレアはキルステンではなくなっているが、結婚すればまたすぐにそうなる。
今度は、次期キルステン侯爵夫人になるのだ。
それを考えると、頰が緩みそうになる。
「……お前、まさか彼女のことを愛しているのか?」
そんな僕の様子を見て、ようやくギドがその言葉を口にした。
正直、僕にそれ以外の理由などない。
もしこれがエレアではなかったら……なんとも思っていない、ただの義妹であったなら、こんなことはしていない。
普通にいい相手を見つけてやるだけだ。そうだな、それこそこいつでもいいかもしれない。
ギドの言葉に肯定するように彼をまっすぐ見据えれば、それを返事と受け取ったギドが僕より先に目を逸らした。
「……そうか。そうだったのか……それは、今まで辛かっただろうな」
おそらくギドは、多かれ少なかれエレアに気があったのだと思う。
もしかしたら近い将来、自分がエレアの婚約者に立候補しようとしていたのかもしれない。
だが、それ以上に僕の気持ちを察してくれたらしいギドの口から出た言葉に、やはり彼はいい男だと改めて感じた。
「僕は今とても幸せだ」
「そうか……うん、それなら俺も祝福するよ」
ふぅ、と息を吐いて顔を上げたギドの瞳には、迷いや後悔の色はなかった。
学園時代から、彼との付き合いはそこそこに長い。
今まで女性に興味を示してこなかった僕を思い出して、すべてを受け入れてくれたようだ。
やはりギドはよき友でもあるのだ。
*
ギドとの話を終えると、すぐにエレアのもとへ戻った。
会場内に置いてきてしまったから、もしかしたら今頃どこぞの男たちに声をかけられて困っているかもしれない。
しかし、僕の目に映ったのは、壁際に立つエレアと、エレアから一定の距離を保ちながら彼女に迫っている、ポールの姿だった。
あの男も来ていたのかと、やはり少しでもエレアから目を離してしまったことを後悔したが、エレアは意外と気丈に見えた。
エレアのことは僕が守ってやらなければと思っていたが、自分でも言っていたように、彼女はもう子供ではない。
確かに、もう少し信頼してあげてもいいのかもしれないと、頭の片隅で思った。
まぁ、それでもエレアを守る役は僕に譲ってほしいのだが。
エレアの気丈な態度に、少し余裕を持ちながら彼女に近づき、ポールの前に立つ。
今更謝ってきたが、もう遅い。
どんなに反省しようが、お前がしたことは消えないし、変わらない。
エレアを傷つけたことをただ後悔して、これ以上誰のことも傷つけないように生きろとしか、言えない。
だから謝罪だけ受け入れてさっさと帰ろうとしたのだが、あまりにもしつこいこの男に、現実を教えてやることにした。
「エレアは僕と結婚するのです」
はっきりそう告げると、ポールは魂でも抜かれたような声を漏らしてぽかんと口を開けた。
それからエレアがハイン伯爵令嬢になったことを教えてやると、それですべてを理解したらしいポールが小さく笑いながら「僕が思った通りだったんだな」と呟いたのが聞こえた。
エレアと婚約していた彼だけは、僕の気持ちに気づいていたのだろう。
もちろん、だからといって事実は何も変わらないのだが。




