34.婚約後初めてのパーティー
「エレア、大丈夫かい?」
「大丈夫……大丈夫よ。ありがとう、ラル」
ラルに差し出された手を取って馬車を降り、王城内の広いパーティー会場へ足を進める。
今日もラルはご令嬢たちから熱い視線を集めていて、ところどころから「素敵」という言葉がこぼれて聞こえる。
ラルにエスコートされてパーティーに出席するのはいつもと同じだけど、〝兄〟から〝婚約者〟という肩書きに変わって、今日が初めての社交の場。
私たちが婚約したことはまだ発表していないから、皆に知られているわけでもないのに、なぜか私はこんなに緊張している。
「今日はまだ発表しないから大丈夫だよ」
「ええ、そうよね」
ガチガチになっている私を見て、ラルはクスッと笑いながら、私の緊張を解くように優しい言葉をかけてくれている。
今日は国王の末の娘である、フランカ王女の十七歳の誕生日パーティーがこの王城で開かれている。
そのため、とても多くの高位貴族たちが集まっているのだ。
でも今日のメインはフランカ王女。そんな場で私たちの婚約を発表するものではない。
「本当は声を大にして言いたいけどね。エレアが僕の婚約者だって」
「きっとすぐに知れ渡るのでしょうけど……」
「そうだね。皆噂話が大好きだからね」
隣でにこにこと笑っているラルは、本当に幸せそうに見える。
いつもと同じような笑顔のはずなのに、今まで兄として私をエスコートしてくれていたときとは、なんとなく違う雰囲気を感じる。
「まだ発表はしていなくても、事実、エレアは僕の婚約者だ。その事実さえあればいいよ」
「……ラル」
私にしか聞こえないよう、耳元でそう囁かれて、顔が熱くなる。
ラルは注目を集める人物なのだ。私たちが兄妹の距離感ではないことは、勘のいい女性には気づかれてしまうかもしれない。
だって会場に到着してからも、誰も私たちに声をかけてこない。
いつもならラルのファンである貴族令嬢か、キルステン家の娘である私とお近づきになりたい貴族令息が話しかけてくる頃だけど、皆私たちの様子をちらちらと窺ってくるだけで、近づいてはこない。
……やっぱり、既に怪しまれてる……?
ラルの言う通り、婚約したのは事実なのだし、そう思われても構わないのだけど。
やがて、私たちにフランカ王女へのご挨拶の番が回ってきた。
「――本日は誠におめでとうございます」
ラルと共にフランカ王女の前まで行き、深く膝を折って頭を下げる。
フランカ王女は年齢の割に落ち着いた雰囲気のある女性だ。
王譲りの輝く銀髪に、深い青色の瞳が冷たい印象を与えるほど美しい王女。
「ありがとう。下がっていいわよ」
そして、今日も私たち含め、この国の高位貴族からの祝いの言葉を冷めた表情で聞いている。
今日の主役は自分であるにも関わらず、まるで興味がないという感じだ。
私はずっと、この王女様とラルが将来結婚するのだと思っていた。
だからラルと正式に婚約した今も、王女の前に出るのはとても緊張した。
そんな話はないとラルから聞いているけれど、候補者ではないと言い切れないと思うし、ラルは文句の付け所がないくらいに立派な人だから、もしかしたらフランカ王女にはその気があるかもしれないと、心のどこかで不安があったのだ。
けれど、ラルを見つめる王女の瞳に熱は宿っていなかった。
以前フランカ王女とラルがダンスをしたのも、形式的なものだったのかもしれない。
たぶん、本当にラルと王女が結婚するというのはただの噂だったのだろう。
それを実感して、王女の前から辞した私は内心でほっと安堵の息をついた。
「――一通り挨拶も済んだし、今日はもう帰ろうか?」
「ええ」
王女への挨拶を終えると、懇意にしている貴族の方々へも挨拶をしてまわった。
今日は最後までダンスのお誘いを受けず、このまま何事もなく帰れると思ったところで、ラルを呼ぶ男性の声が私たちの耳に届いた。
「ラル!」
「……ああ、ギド」
「ギドさん、こんばんは」
「こんばんは、エレアちゃん」
大変だわ。ギドさんにまだ挨拶をしていなかった。
大股で歩み寄ってきたギドさんにお辞儀をすると、彼は少し険しい表情でラルを見て、「少しいいか」と言った。
「ここでは駄目なのか?」
ラルの返答に、ギドさんは私に視線を向けて気まずそうに口元に笑みを浮かべる。
「エレアちゃん、少しラルを借りてもいいかな?」
「大丈夫ですよ」
何か大事な話があるのだろうと察して、私はすぐに頷く。けれどラルが「しかし……」と言葉を続けたので、彼を安心させるように笑って見せた。
「大丈夫よ、ラル。私はもう子供ではないし、一人でも平気。誰かについていったりしないし、もう少し私を信用して?」
はっきりとそう言えば、ラルもそれ以上は否定せず、渋々頷く。
「……わかった。すぐに戻るから」
「ええ、ごゆっくり」
離れる寸前、ラルは私の額に口づけを落とした。その様子を見て、ギドさんがぎょっと目を見開いたのを、私は見逃さない。
もう、ラルったら……さすがに恥ずかしいわよ……。
二人の背中を見送って、私は人があまりいない壁際に寄った。
「エレア……」
すると、一人になるのを待っていたかのように、聞いたことのある男性の声が私の名前を呼んだ。
「……ポール、様」
その声に顔を向けると、そこには元婚約者であるポール・ヘルテンの姿があった。




