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32.安らげる人

 真剣な表情のラルは、その白い頰を少しだけ赤く染めて、撫でるように私の髪に触れ、手のひらで頰を包んだ。


「それに、僕たちはもう兄妹じゃない」

「……まだ、兄妹よ。書類は受理されていないから……」

「明日にでも受理されるよ」

「……まだ、明日じゃないわ」


 至近距離で見つめられていて、ラルの手が私の頰を包んでいて。


「……」

「……ラル?」


 ラルの視線が少しだけ下ろされた。なんだろうと思ったけれど、彼が見つめているのが私の唇であることに気づいて、一気に顔が熱くなる。


「……っ」


 反射的にぎゅっと唇を結んだら、頰に触れていたラルの指先がふわりと私の耳を撫でて、今度はびくりと肩が揺れる。


〝兄妹じゃないわね〟なんて認めたら、ラルはこのまま口づけするつもり――?


「…………っ」

「……そんなに警戒されたら、ちょっと傷つくかな」

「……っごめんなさい――」


 頰を支えられているから、顔は逸らせないけれど。代わりにぎゅっと目をつむっていた私に、ラルが「はぁ」と溜め息をつく。


 けれど、悲しげな声を聞いて慌てて目を開くと、その瞬間にちゅっと頰にやわらかなものが押し当てられた。


「……え――?」

「今はまだここで我慢しておくね」

「…………」


 ラルの唇が、私の頰に触れた…………?


「エレア? 顔が真っ赤だけど、大丈夫?」

「……だ、大丈夫よ……!!」


 私から手を離したラルの代わりに、自分で頰に触れて熱い顔をラルから逸らす。


「これくらいでそんなに照れられると困るんだけどね?」

「えっ」

「正式に婚約するのが本当に楽しみだね」

「…………ええ、そうね」


 にっこりと、とても嬉しそうに笑うラルの顔は相変わらずとても可愛い。

 だけど、その意味を深く考えてしまうのが少し怖いと感じるのは、どうしてだろう?




 *




 その日は、ハイン伯爵家に一泊していくことになった。


 ハイン伯爵とお父様は夕食をいただきながらもワインをたくさん飲んでいて、既に出来上がっている。

 食事が済んだら今度はウイスキーを開け始めた二人を残して、私とラルは先に休ませてもらうことにした。


 お風呂に入って、私のために用意してくれていた寝衣に着替えて、ベッドに入る。

 ラルは客室を借りているから、もちろん別々の部屋で眠る。


「……おやすみなさい」


 誰もいない部屋でそう呟いてしまったのは、いつもの癖だ。

 キルステン家の私の部屋のベッドには、ラルからもらったくまのぬいぐるみのラディがいる。


 子供の頃から、私はラディにおやすみを言ってから寝るのが習慣になってしまっているのだ。


 いつもは隣に座っているラディが今日はいないせいか、少しだけ寂しさを覚えた。


 もうすぐ十八歳になるというのに、いつまでもくまのぬいぐるみを大事にしている私は、とても子供っぽいということはわかっている。


 だけど、ラディは私の宝物で、私の一番の友達。昔からずっと、悲しいときも寂しいときも嬉しいときも楽しいときも、一緒にいて私を見てきてくれていたから。


 ラディだけが私のすべてを知っている。私にとって、特別なぬいぐるみなのだ。




 *




 翌朝、眠そうな父を連れて、私たちはキルステン家に帰った。


 父は馬車の中でいびきをかいて寝ていたけれど、一体昨日は何時まで飲んでいたのだろうか。


「父上、結局朝方まで飲んでいたみたいだよ」

「そんなに……?」


 同じことを考えていたのか、私の考えていることが伝わってしまったのか、私の隣に座っているラルが、向かいの席で腕を組みながら豪快に寝ている父を見て、小さく笑いながら呟いた。


 きっと、久しぶりに旧友に会えてよほど嬉しかったのだろう。


「父上は、僕とエレアの結婚を本当に喜んでくれているんだよ」

「え?」


 けれどラルから続いた言葉は、私が想像していたものとは少し違った。


「五年前、父上がエレアを養子として引き取ってきたけれど、僕がずっとエレアのことを想っていたと知って、父なりにあの時の判断が間違っていたのかもしれないと考えていたようだよ」

「そうだったの……」


 五年前、お父様が速やかに私を養子として引き取ってくれたことには心から感謝している。だから、お父様の判断が間違っていたなんて、私は思わない。もちろん、ラルだってそうだと思う。


「だから、エレアが僕の気持ちに応えてくれて……これからも自分の義娘として暮らしていけることに安心したんだと思うよ。ハイン伯爵家への養子入りも無事決まったしね」

「そうなのね」


 言いながら、ラルは私の頭に手を回してくっと引き寄せた。


「ラル……?」


 おかげで私は眠っているお父様の前でラルの肩に頭を預けるかたちになってしまったけど、ラルは穏やかに微笑むだけ。


 ……お父様、目を覚まさないわよね?


「エレアは僕が幸せにするよ」

「ありがとう……ラル。私も、貴方のことを幸せにするわ。それに、次期キルステン侯爵夫人としても、立派な女性になる。必ずお父様とお母様を心の底から安心させてみせるわ」

「大丈夫だよ、エレアなら」


 ラルの声は私を安心させてくれる。


 ラルが「大丈夫」と言ってくれたら、本当に大丈夫な気がしてしまうからすごい。


 今、もしお父様が目を開けてしまったらとても恥ずかしいけれど、ラルの温もりがとても心地いい。


 だからもう少し、このままでいさせてほしいと思った。


 本当に、私はこんなに幸せでいいのだろうか……。


 この婚約のために関わってくれた方たちすべてに深く感謝しようと、私は改めて深く思った。

 



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