30.七年越しの想い
ラルがこのあと何を言おうとしてくれたのかは、もうわかる。
でも、今日は私に言わせて?
ラルからの想いはもう聞いているから。
今度は私がこの気持ちを貴方に伝える番だから。
静かに私の言葉を待ってくれているけれど、ラルからは緊張しているのが伝わってくる。
でも、私だって今までにないくらい緊張している。
ラルの気持ちは聞いているし、あれは冗談なんかじゃなくて、本気で言ってくれたのだって、今はよくわかる。
それでも未だに少しだけ、自信がない。
ラルの言葉を疑っているわけではなくて、本当に私でいいのだろうかと……不安な気持ちが、残っている。
きっと私が応えたら、その瞬間に私たちはもう〝兄妹〟ではなくなってしまうだろう。
それでも、私は言わなくちゃ。
もう十分、私はラルを待たせてしまっているのだから。
「ラルが私に結婚しようって言ってくれて、本当に嬉しかった」
「うん」
震えそうになってしまう唇を開いて、ゆっくり言葉を紡ぐ。
ラルになんと言おうか、ずっと考えていた。何度も心の中で繰り返して、練習してきたはずなのに……。
その瞬間を迎えると、結局考えてきた言葉は全部消えて、頭の中が真っ白になる。
「……私はラルにも、お父様にも、お母様にも、十分すぎるくらいよくしてもらってきたから、これからはそのご恩を返さなければと思っていたの」
「うん」
そのせいで、何を言いたいのか、自分でもよくわからなくなっているけど、ラルは静かに私の話を聞いてくれている。
「だから、お父様が決めた相手と結婚して、早く安心してもらいたかった。でも……でもね、やっぱり心の奥では、ずっと思っていることがあったの」
とうとう、手が震えた。それをラルに悟られまいと、ぎゅっと握りしめて、一度唇を強く結ぶ。
「エレア、無理に言わなくてもいいよ」
けれど、ラルは当然のようにそれに気づいてしまった。
震える私に、心配そうに手を伸してくれたけど、その手が私に触れる前に、私は強く声を絞り出した。
「待って――」
「……」
その途端、頭に触れようとしていたラルの手が、ピタリと止まる。
――ここでラルの優しさに甘えては駄目。
頑張るのよ、エレア。怖じ気づいてどうするの。最後まで自分の気持ちを伝えるのよ。
「私は……私には、ずっと心に想っている人がいた。その人は私を助けてくれたヒーローで、憧れの人で……私の兄になった人」
自分がちゃんと想いを伝えられているのか自信がなかった。
けれど、それでも目を逸らさずに、まっすぐラルを見据えてはっきり言葉にすると、彼のサファイアのような瞳が小さく見開かれていった。
「一番近くにいて、一番好きで……。でも好きになっちゃいけない人だった。だから、その人に……貴方に、「結婚しよう」って言ってもらえて、信じられないくらい嬉しかった……私には、これ以上ないくらいの望みよ」
目頭が熱くなる。
気を抜いたら涙がこぼれてしまいそうだけど、泣いちゃ駄目。
「……でももし、本当に貴方もそれを望んでくれているのなら……許されるのなら、私は貴方と結婚したい。貴方とずっと、一緒にいたい。大好きよ、ラル。世界で一番、大好き」
最後の言葉を紡いだら、気持ちを押し出すように、とうとう一筋の涙が頰を伝い落ちた。
ああ……。本当は私も、ずっとこの言葉を言いたかったんだ。
ラルにこの言葉を伝えたくて、たまらなかったんだ。
口にしてみて、初めてわかった。
今までずっと、好きになってはいけない人だと言い聞かせてきたその人に、こうして直接この気持ちを伝えられる日が来るなんて。
口にした瞬間、ずっとかけられていた呪縛が解けるように、スッと気持ちが楽になった。
こぼれた涙を拭おうと持ち上げた手は、素早く伸びてきたラルの右手に掴まれて、そのまま力強く引き寄せられる。
「……ラル」
「ありがとう、エレア、ありがとう……」
片腕だけなのに、ラルはとても力強い。
それに、ラルの声が小さく震えている。
しっかり抱きしめられているからラルの顔は見えないけど、もしかしたら彼も泣いているのかもしれない。
その声音を聞くだけで、ラルの想いがどれほどのものか伝わってくる。
きっと私が思っていたよりずっと、ラルは私のことを想ってくれていたのだと思う。
五年間……いいえ、七年間の彼の想いがひしひしと伝わってきて、胸の奥がぎゅうっと締めつけられる。
ラルが泣いているのかと思ったら、私も一層泣けてきた。
「こちらこそ……いつもありがとう、ラル」
そんなとても愛おしい人を、私も両手で力いっぱい抱き返して、これが現実であるということを彼の体温を通して実感した。
私もラルも、もう何も恐れることはない。
これからは自分の気持ちに堂々と生きていいのだ。
ラルのことが好きだと、声に出していいのだ――。
「……エレア、泣いてるの?」
「ラルだって……」
強く抱き合っていた身体を少しだけ離すと、至近距離でラルが私の顔を覗き込んで言った。
でもそんなラルの瞳にも、やっぱり涙が溜まっていた。
「悲しくて泣いたことはないんだけどね。嬉しくて、こんなに感情が溢れてしまうことがあるなんて、知らなかった」
「……私もよ」
涙を溢れさせながら、私たちは笑いあった。
はたから見たら、たぶんとてもおかしな光景だと思う。
けれどその涙はあたたかくて、優しくて、お互いのことを「好きだ」という気持ちで溢れていた。
「これからもエレアは僕とずっと一緒だよ」
五年前と同じラルの温もりの中で。あのときと違い、これからはラルの妹ではなく婚約者になれる喜びを、深く深く、胸に刻んだ。
本編はこれにて完結とさせていただきます。
一周年作品、お付き合いいただき、ありがとうございます!
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続編開始しました!




