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03.「僕と結婚しよう」

「何をしているのですか!」

「……っ、ラルフレット様!?」


 そして私を壁に押さえつけていたポールの手をすぐに掴んで引き離すと、ラルはサファイアのような色をした鋭い視線を彼に向けた。


 ポールも、次期キルステン侯爵を前に怯えた声を出し、無抵抗であることを示すようにもう片方の手を顔の横に上げる。


「女性に乱暴するとは何事か」

「いえ……これは……!!」


 王宮勤めの騎士でもあるラルの後ろから、数人の騎士が入ってきた。


「話はあとでゆっくり聞こうか」

「違うんです、乱暴なんて、そんな……! ただ話をしていただけで……!!」

「エレアと同じ空気を吸わせるのも耐えがたい。連れていけ」


 苛立ちを隠しきれない様子のラルの声を合図に、騎士たちはポールの両脇を抱え込む。


「ラルフレット様! 誤解です! 違うんです! 僕は乱暴なんて――」

「貴方には素敵なご趣味がおありのようだ。似合っていますよ、その真っ赤な口紅」

「……あ、これは…………」


 腐りかけのごみでも見るように顔をしかめたラルの言葉に、ポールは口元を手で覆って言葉を枯らしたけれど、今更遅い。


 もう何も言えずにずるずると騎士に引きずられて、彼は静かに出ていった。


 そんなに長く拘留されることはないだろうけど、この事実はすぐに父であるキルステン侯爵の耳にも入るだろう。

 父は元騎士団長を務めていた人だ。今は引退しているけれど、未だに国王と親交があり、信頼も厚い。


 本当の娘ではない私のことをとても大切に育ててくれた父に伝われば、この婚約は間違いなく白紙になるだろうし、ポールの評判が地に落ちるのは目に見えている。

 社交界には噂好きの者たちが多いのだ。


 彼の人生は終わったな……。


 ぼんやりとそんなことを考えながらポールの背中を見送ると、兄、ラルフレット・キルステンが私に向き直った。


「大丈夫か、エレア」

「……ええ」


 ドレスから剥き出しになった肩が、ポールに強く掴まれたことにより赤くなっているのが自分でも確認できた。


「ああ……酷い。こんなに赤くなってしまって……」


 我ながら痛々しいその痕に、ラルは凜々しい眉をくしゃりと寄せて酷く悲しげに私を見つめた。

 怒りと悲しみと悔しさが、そのサファイアのような美しい瞳に宿っている。


 けれど、そんな表情すらも美しい人だ。


 ラルが来てくれたことに心から安堵する。ラルの声を聞くと胸に熱いものが込み上がってくる。


「……ごめんなさい」


 そう思ってしまう気持ちと迷惑をかけた申し訳なさで目を逸らしてしまったけど、私はすぐに小さく笑みを浮かべた。

 私が悲しい顔をすればきっとラルはそれ以上に苦しくなるだろう。彼は優しい人だから。


「なぜエレアが謝る」

「だって……」


 この婚約は駄目になる。

 いくら相手があんな男でも、これはお父様が取り持ってくれた、良家である伯爵家の嫡男との縁談だった。


 きっとお父様は「気にするな」と言ってくれるだろうけれど、ことが大きくなってしまったから、また(・・)迷惑をかけてしまうし、心配をさせてしまうのは間違いない。


 それを思うと本当に申し訳ないけれど、こうなってよかったという思いもふつふつと湧いてきている自分がとても憎い。


「私はまた貴方に迷惑をかけてしまったわね。それにお父様とお母様もきっと悲しむわ」


 私はまたこの家の足を引っ張ってしまうのだ。

 浮気くらい、目をつぶって我慢すればよかったのかもしれないけど、婚約者の度重なる不貞に我慢ならなくなった。


 それにさっきの言葉。

 私がキルステン侯爵家の娘だから、お金のために結婚するという話も私に扉を開けさせる後押しをしてしまった。


 キルステン侯爵家ほどの家の娘になったのだから、多少は家の利益のための結婚も覚悟していたけれど……あそこまであからさまにやられるのはちょっと無理。


「本当にごめんなさい。私にもっと魅力があれば、他の女性に目移りなんてさせないのに」


 内心だけで深く息を吐き、表ではもう一度笑顔を浮かべた。


 本当にそうだ。さっきのフローラさんのように、出るところはしっかり出たスタイルのいい女性だったらよかったのに。


 顔だって美人で性格ももっとおしとやかで賢くて、それでいて社交的で華やかさも兼ね備えていたら、ポールだって他の女性に目移りすることなんてなかったかもしれない。


 私がもっと、いい女だったら――。


「……ラル?」


 そんなことを考えて胸が苦しくなっていたら、突然ラルにぎゅっと抱きしめられた。


「エレアは何ひとつ悪くない。エレアはいつだって、健気でまっすぐで、自分のことより人のことを考えていて……。エレアより魅力的な女性を僕は知らない」

「……ラル」


 まるで、愛の告白のように聞こえてしまった。そんなわけないのだけど。

 ラルはいつも、少し過剰なほど(わたし)を大切にしてくれる。とても過保護な兄なのだ。


 ……兄妹じゃなかったら、勘違いしていたかもしれない。


 私を慰めようとしてくれているのだろうか。それとも励まそうとしてくれているの……?


 兄妹とはいえ、私たちは血が繋がっていない。だから、さすがにこうして強く抱きしめられるのは、五年ぶりだ。


 五年前のあのときは、お互いまだ子供だった。

 ひとつ歳上のラルは、傷ついた私をこうして優しく抱きしめてくれた――。



「僕と結婚しよう」



 あのときよりも低く、男らしく成長した声で、ラルは静かに一言そう呟いた。




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