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28.思い出の場所

「――ここで休もうか」

「ええ」


 目的地で馬車を降り、湖が見える丘の上まで少し歩いた。付き添ってくれていた侯爵家の使用人が、大きな木の下に速やかにシートを敷いて、サンドイッチと紅茶を用意してくれる。


 ラルはやっぱり私に手を差し出してくれたから、その手に掴まって肩を並べて座った。


「綺麗だね」

「ええ、本当に」


 湖を眺めながら、ラルが静かに呟く。

 用意を終えた使用人は、私たちから少し離れたところで待機してくれている。


「ねぇ、エレア。そのサンドイッチ、食べさせてくれる?」

「え?」


 バスケットに入っているサンドイッチを見て、ラルがにこりと微笑んだ。


 片手でも食べられると思うのだけど……と、喉まで出かかったその言葉を呑み込んだのは、私が以前「困ったことがあったらなんでも言って」と自分でラルに言ったから。


 これを断ってしまえば、全然ラルの役に立てていない。それに、ラルは私が風邪を引いたとき看病してくれた。……まぁ、必要以上に過保護だったけど。


「いいけど……」


 だから、私に断るという選択肢はない。

 ハムやレタスの挟まったサンドイッチをひとつ取って、ラルの口元に運ぶ。

 ラルは綺麗な瞳を伏せて、その形のいい唇を開いた。


「……ん、美味しい」

「そう、よかった」


 もぐもぐと口を動かして、ごくりとサンドイッチを飲み込むと、嬉しそうに笑うラル。それをついじっと見つめて、胸がキュンと疼く。


 ラルは本当に綺麗な顔をしているわよね。ふわふわのやわらかそうなゴールドベージュの髪の毛と、同じ色のまつげ。丸い瞳が可愛らしくもあって、肌もとても綺麗。鼻も高いし、唇の形も整っていて、お人形みたい――


「エレア、もう一口」

「あ……っ」


 思わずその唇を注視していたら、それが開いて美しい声を発した。

 はっとして視線を少し上げてラルの目を見ると、彼はクスッと笑った。


「ごめんなさい……っ」


 恥ずかしさにラルから視線を落とし、熱くなった顔を伏せると、ラルは私の手首を掴んでそのまま口元に運んだ。


「ラ、ラル……!」


 そして、サンドイッチにぱくりとかじりついてしまったラルに、ドキリと鼓動が跳ね上がる。


「……ん?」


 確信犯だ……!!


 とぼけた顔で、至近距離で私を見つめながら。サンドイッチをくわえているその口元が、心做しか小さく持ち上がっているように見える。


 ラルのこの顔は、私のことをからかっているときの顔だ……!!


「私の手じゃなくて、自分でサンドイッチを持って食べたほうが早いわよ……」

「ああ、そうだね」


 まるで今気がついたとでも言うように笑いながらも、ラルの手は私から離れていない。


「…………ラル」

「ごちそうさま。すごく美味しかった」


 そして、結局最後の一口も私の手の中から食べてしまったラルに、私の顔は熱を帯びる。


 本当に、ラルには敵わない。


 昔から、ラルは私のことをなんでもわかってくれて、私の喜ぶことを率先してやってくれた。


 けれどその反面、こういうことをされたら私が恥ずかしいということもわかっているだろうに、彼はわざとやっているのだと思う。


 結婚しようと言われて以来、今まではなかったラルの行動に、いちいち私の胸は動揺と緊張で揺れ動かされている。


 たぶんこれから先も、一生ラルに敵う日が来ることはないのだろうなと思いながらも、すっかり元気になって、とても幸せそうに頰を緩めている穏やかなラルの表情に、私の心も和んでしまう。


 ラルのこんなに幸せそうな顔も、今までは見たことがなかったかもしれない。



「――見て。この花、エレアの髪の色によく似ていると思わない?」

「そう?」


 そんなラルの横顔を眺めていたら、ふと視線を落としたラルがそこに咲いていた小さな花を一輪摘んで私に見せてきた。


「うん。エレアのようで、とても可愛い」

「……」


 そう言って、ラルは私の髪にその花を優しくさした。私を見つめる彼の瞳からは、甘すぎる熱が伝わってくる。


 ああ……そうか。

 ラルは私のことが好きなのね。


 その視線から、惜しみもなく伝わってくる〝愛情〟に、私の胸はきつく締めつけられた。


 ずっと一緒にいたのに。今までどうして気がつかなかったのかしら。


 ラルはその気持ちを隠してくれていたのだろうけれど、それでも今思えば時々こぼれていたような気もする。


 そのときの私は、自分に「ラルは兄だから」と言い聞かせて、その想いに気づかないふりをしていた。


 けれど、ラルの気持ちを聞いた今になって思えば、今までのラルの言動すべてが、私を想ってしていたことだと、疑いようもなくわかる。


 そして今、その気持ちを隠さなくなったラルの視線や声、指先からさえも、彼がどれほど私のことを愛おしいと思ってくれているのかが、痛いほど伝わってくるのだ。




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