26.兄妹ではない存在※ラル視点
「――もう僕たちの前に現れないでほしいと言ったはずだが」
エレアの前で何を言い出すかわからないフローラ嬢に、僕は仕方なく彼女を連れて会場の外へ出た。
彼女は部屋を借りていると言いだしたが、それだけは勘弁願いたい。間違っても、ポールの二の舞は御免だ。
「〝わかった〟なんて言ってないわ」
庭に出て、人気がないことを確認してからフローラ嬢と向き合ったが、彼女は毅然とした態度を貫いている。
正直、次期キルステン侯爵である僕に対してここまで強気な令嬢は珍しい。というか、他にいない。彼女にはもう後がないのだろう。
「どうか承諾してほしい。僕は貴女に手荒な真似はしたくない」
「まぁ、怖い。嫌だって言ったら何をされるのかしら。でも私は、貴方になら何をされてもいいのよ」
本気で言っているのか、僕が何もしないと思って言っているのか……。
だが、これ以上エレアを傷つけるようなことがあれば、たとえ女性であっても容赦する気はない。
「僕に執着されても、僕が貴女と結婚することはない。僕に構わず、結婚相手を本気で探したほうがいい」
彼女のために、はっきり言ってやる。だが、やはり彼女に僕の言葉は届いていないのか、まったく動じる様子を見せずに真っ赤な紅を塗った唇を開いて笑った。
「では、最後に私に思い出をください。そしたら他の方を探しますわ」
「フローラ嬢……いい加減にしてくれ。貴女は気づいているようだからはっきり言うが、僕はエレアのことが好きだ。もちろん、女性としてという意味だし、近いうち僕とエレアは正式に婚約する」
「……婚約?」
「そうだ」
僕の気持ちには気づいていたようだが、さすがにキルステン家の籍からエレアを抜いてまで結婚はしないと思っていたのか、気丈なフローラ嬢の顔が歪んだ。
「そんな……まさか……、無理よ! だってあなたたちは兄妹だもの!」
「僕たちは血が繋がっていない」
「それでも……」
信じられないというように眉根を寄せ、思い詰めた表情のフローラ嬢だったが、何かを決心したように鋭い視線を僕に向けると、勢いよく飛びついてきた。
「何をする……っ!?」
「側妻としてでもいいわ……! 私は貴方のことが本当に好きなの!! 私の体目当てではなく、助けようとしてくれたのは貴方だけだったのだから!」
そう叫びながら、左手の自由がまだ利かない僕の首にがっしりと両腕を絡め、顔を近づけてくるフローラ嬢。
不意のことで身体がぐらつくが、倒れてしまわないように足を踏ん張る。
気持ちはわかったが、身体を売りにしているのは自分だろうし、僕は貴女に興味がないからこそ、そうしたのだと理解してほしい。
「わかったから、離れろ」
自由の利く右手で彼女の身体を押し退けようとするが、ご自慢の身体をぴったりと押し付けてきて隙がない。
本当に彼女は貴族の娘なのか……?
窮地に立たされた人間は怖いものがないのか。
「嫌よ。今度は私と貴方が一緒にいるところを妹さんに見てもらいましょう! そしたら、あの純情そうなお嬢ちゃんのことだから――」
呆れてしまうほど強引な彼女に溜め息が出るが、続けられた言葉にピクリと耳が揺れた。
「これ以上エレアを傷つけてみろ」
「え……?」
「僕に近づいたことを後悔することになるぞ」
「……っ」
右手で彼女の肩を強く掴み、自分の身体から引き離す。
そのまま冷たく見下ろすと、ようやく彼女の顔が凍りついた。
僕が今まで彼女をこんなふうに睨みつけたことはない。
「……そこまで、エレア様のことを想っていたのですか?」
「僕の想いをやっとわかってくれましたか? 貴女も早く相手を探すといい。これ以上自分を傷つけるのはやめろ」
「…………」
はっきりと言い切り、俯いた彼女を見て静かに深く息を吐くと、僕は踵を返して歩き出した。
先日王宮で話したときと違い、それ以上彼女は僕に向かって何か言ってくることはなかった。
それより、早くエレアのところに戻らなければ。
ちょうど通りかかったギドにエレアと一緒にいてやるよう頼んだが、一番信用できるのはやはり僕自身だ。
ギドとは騎士団の中で一番気が合う。彼は仕事熱心な男で、他の奴らのように恋だの女だのと騒いだりしない。
だから彼にならと、エレアを少しだけ預けた。
だが、会場に戻った僕は、そのことを深く後悔することになる。
「……――」
ホール中央付近で、優雅に踊っているエレアとギド。
二人は互いの顔を見つめ合って、とても楽しそうに踊っているように見えた。
そんな姿を客観的に見て、ざわりと嫌な気持ちが胸に広がっていった。
ギドのリードで揺れるエレアのピンクブロンドの髪と、男らしい身体でしっかりと彼女を支えているギドの真っ赤な髪が、とても似合っているように見えたのだ。
二人は兄妹ではないし、ギドは伯爵家の嫡男だ。
もしかしたら、父がギドを相手に選んでいた可能性だって十分にあるし、あいつがいい奴であるということは、僕がよく知っている。
「エレア様の今度のお相手って、もしかしてギド様なの?」
「そうだろう。ラルフレット様が任せたってことだし」
「それにしてもよく似合ってるわね、あの二人――」
二人を見ながらこそこそと話している言葉が聞こえて、僕の心臓を更に抉ったような気がした。
ギドはいい男だが、軽い男ではない。女とちゃらちゃら遊んでいるのを見たことがないし、聞いたこともない。
僕と一緒に騎士の訓練に真剣に取り組む男だ。だからこそ僕と気が合うのだ。
……いや、だがギドだって、ポールと同じようにエレアと婚約したら調子に乗るかもしれないじゃないか。
そういえばギドも、過去に一度だけ女に興味がある素振りを見せたことはあったな。
あれは確か――
『エレアちゃん、可愛いよな。婚約者が決まらないなら、俺はどうだ? お前とも兄弟になれるぞ』
『ふざけるな。冗談でもそういうことを言うな』
『こわっ。お前のそのシスコンっぷりは本当に異常だよ。誰だったらエレアちゃんの相手として認めるんだ』
『……さぁな』
『さぁなって、お前なぁ――』
あからさまに不機嫌な態度を取り、その話はすぐに終わらせたから、それ以上は続かなかった。
あのときは冗談のようにああ言っていたが、ギドが女の話をしたのはあのときだけだったのだ。
まさか、あれは冗談ではなかったのだろうか――。
それに、エレアがポールと婚約したときも、ギドは他の奴のように「おめでとう」と言わなかったような気がする。
僕の心の痛みをわかってくれているのだと、勝手に都合よく解釈していたが、そういうことではなかったのかもしれない。
「……エレア」
僕が会場に戻ってきたことには気づいていないエレアは、僕の前で僕以外の男と手を取り合って踊っている。
ふと、以前エレアが言っていた言葉を思い出す。
『ギドさんっていい人よね。大きくて、最初は少し怖い人なのかと思ったけど、全然そんなことないのね』
あの時は、単にエレアが僕の友人を褒めてくれたのだと思っていたが、もしかしたらエレアもギドに気があったのだろうか……。
今すぐに、エレアに〝男〟として見てもらえる存在を、心の底から羨ましく、妬ましく思った。




