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25.フローラ嬢※ラル視点

 エレアと参加した夜会で、そろそろ帰ろうとしていたとき、突然フローラ嬢が僕の前に現れた。

 彼女とは以前から顔見知りだ。


 数日前にも、エレアの風邪薬を受け取るために王宮を訪れた際、帰ろうとしていた僕のところに彼女が声をかけてきたことがあった。


 そう、あのときは――。



「――ああ、ラルフレット様。お会いしたかったですわ」


 数日前の王宮内。


 停車場近くで名前を呼ばれて振り返ると、その日も胸元を強調する服を着たフローラ嬢が、嬉しそうに微笑んで立っていた。周りに人はいなかった。


 彼女はエレアの元婚約者であるポールと不貞行為に及ぼうとしていたところを、エレアに目撃された女性だ。男爵家の一人娘で、彼女の家は借金を抱えている。


「ねぇ、私うまくやれたでしょう?」


 そう言いながら僕のもとへ歩み寄ってきた彼女は、自分の家の借金を返してくれるような金持ちの男をいつも探している。僕もポールも、そんな男の一人なのだろう。


「何を言ってる。貴女のおかげでエレアはとても傷ついたのですよ?」

「そうですけど……そのおかげであの男(ポール)と妹さんの婚約が解消されたでしょう?」


 僕にそんな色仕掛けは通用しないということは、いい加減わかっているだろうに。それが既に彼女の癖になってしまっているのだろうか。艶のある声を出しながら、身を寄せてくるフローラ嬢。


「そんなこと、僕は頼んでいませんよ」

「でも望んでいたでしょう? ポールのことをあれこれ調べて。大切な妹の婚約者に相応しくないという証拠を必死で探しているように見えたけど? だからわざわざ貴方がフランカ王女と踊って、妹さんと離れている間にあの男を誘ってあげたのに」

「ではあれは貴女の計算だったということですか?」


 確かに、ポールが浮気をしている証拠は押さえたかった。だが、それを直接エレアに目撃させるよう仕向けたのは、まさか彼女自身だったとは。


「ふふ、そうよ。うまくいったのだから、お礼のひとつくらいいただけないかしら?」


 甘い声でそう言いながら、熱を孕んだ瞳で見つめられる。


「冗談じゃない。なぜエレアに見せたのですか。それなら僕に見せればよかったでしょう?」

「貴方はずっと妹さんにベッタリで、一人になる隙なんてなかったんだもの。仕方ないでしょう?」

「どちらにせよ、あんなことをしなくても、いずれ僕が自分で証拠を掴んでいましたよ」


 だがそんな視線を乾いた笑顔で受け流すと、彼女は少しつまらなそうに唇を尖らせた後、負けじとにっこり微笑んだ。


「その割には随分時間がかかっていたじゃない。ああいう男には、色仕掛けが一番なのよ」


 貴方には利かないけどね。と付け足して、クスクスと笑いながら。彼女は僕の腕に手を触れ、身体を寄せてきた。


「それはご苦労様でした。しかし今後二度と、僕とエレアの前には現れないでいただきたい。貴女が部屋を出ていった後、エレアはポールに酷い目に遭わされたのですから」


 その腕をすぐに振り払い、貼り付けたような笑みを浮かべてはっきりそう言い切り、「では、失礼」とだけ言って僕は自分の馬車を待たせているほうへ歩みを進めた。


「何よ……! 私は貴方が妹のことを特別に想っているって……わかってるんだからね!!」


 僕の背中に向かってそう叫んでくる彼女を無視して、溜め息をひとつ。


 家の借金のために身を売るようなことをしている彼女を、気の毒だとは思う。しかし、やり方が間違っている。


 こんなことを続けていては、いつまで経ってもろくな結婚相手が見つからないだろう。



 彼女が初めて僕に声をかけてきたのは、まだエレアが社交界デビューする前だった。


 エレアより先に社交の場に参加するようになっていた僕のところにやって来た彼女は、はっきりと口にした。


〝私と結婚してくださいませんか?〟と。


 女性のほうから、しかも初対面でいきなりそんなことを言ってきた彼女に思わず笑顔が引き攣ってしまったのを覚えているが、彼女の家が相当切羽詰まっているのだと感じ、話だけは聞いてみた。


 結婚することはできないし、ただで援助することもできないが、何か力になればと彼女の家が営んでいた小さなりんご農園から、ちょうど翌月に予定していたキルステン家で行うパーティーで出すパイ用に、りんごを大量に仕入れた。


 それを食べた貴族たちが、彼女の家のりんごを気に入り、取り引きが増えればいいと思っていたのだが……、まぁ、現実はそれほど甘くなく、彼女の家の借金が返済されることはなかった。


 しかし、それから僕は彼女に執着されるようになってしまった。


 最初は、またうちのりんごを買ってくれないかという営業のようなものだったが、そのうちデートに誘われるようになり、こうして僕の職場である王宮にまで足を運んで来ては、りんごの営業以外のことでも話しかけてくるようになった。


 侯爵家の跡継ぎである僕は、自分で言うのもなんだが、よく女性から声をかけられる。


 エレア以外に興味のない僕はいつも笑顔でそれらをあしらっているのだが、フローラ嬢は何度断ってもめげないのだ。


 面倒な女性と関わってしまったと少し後悔したが、だからと言って没落寸前の彼女をこれ以上かわいそうな目に遭わせることもできないから、口で説き伏せるしかなかった。


 だが、まさか頼んでもいないのに勝手にエレアの婚約者を誘い、その瞬間をエレアに目撃させてしまうなんて……。


 僕が感謝するとでも思ったのだろうか。


 少し厄介なことになってきたなと思いながらも、これからもエレアから目を離さないようにしなければと、改めて気を引き締め直したところだったのだが――。




 今日、この夜会にフローラ嬢も参加しているとは。


 それに彼女が僕とエレアが一緒にいるときに話しかけてきたのは、初めてだった。


 しかもエレアがポールとフローラ嬢の浮気現場を目撃してから、まだ日は浅い。エレアの心の傷が癒えきっていないかもしれないというのに……彼女は一体何を考えているのだろうか。



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