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23.風邪が治ったら

 風邪を引いてしまった私を、ラルが看病してくれた。


 そしてラルに「愛してる」と言われて、一瞬わけがわからなくなった。


 ラルは優しいから、私がこれ以上傷つかないように結婚しようと言ってくれただけだと思っていたのに。


 家族としてではなく、男として愛しているということは、つまりそういうことだと思って本当にいいのだろうか……?


「……嘘みたい。信じられない」


 ラルが出ていった部屋の中で、私は壊れそうなくらい早鐘を打つ心臓を抑えるように胸に手を当て、先ほどのラルの言葉を頭の中で何度も繰り返した。


 でも、ラルは「ずっと」と言っていた。七年前から、ずっと私のことが好き? 本当に?


 そんな夢みたいな話、あるのだろうか。私は熱のせいでおかしな夢でも見ているのだろうか。


 そう思ってしまうくらい、実感が湧かなかった。


 だって今までラルへの気持ちを一生懸命抑え込んできたのだから、今更ラルと兄妹としてではなく想い合えて、結婚できるかもしれないという未来を本当に期待していいのか、戸惑ってしまう。


 けれど、ラルが私のことを想ってくれているのは本当だと思う。あの言葉が、あの瞳が、嘘だとは思えない。あれが夢ではないのなら。


 ならば、ラルが伝えてくれた気持ちに応えないのは失礼だ。


 もし本当にラルが今までもずっと私を一人の女性として愛してくれていたのなら、これまでのラルの行動すべての意味も変わってしまう。


 ラルはとても優しくて、いつも私のことを考えてくれていた。

 私が望むものを与えてくれて、守ってくれていた。


 私とポールが婚約したとき、彼はどう思っていたのだろうか。


 それを考えると、胸が締めつけられて涙が出そうになる。


 もし私だったら、とても辛い。


 けれどラルは、私の前ではいつも笑ってくれていたのだ。


 よき兄であろうとしてくれていたのだ。


「……ラル」


 今はこの場にいないラルを想って、私は隣に座っているくまのラディをぎゅっと抱きしめた。




 *




「エレア、気分はどう?」

「おかげでだいぶいいわ」


 翌日、ラルがわざわざ王宮の優秀な薬師に風邪薬の調合を依頼してくれた。それを飲んだおかげで熱は下がり、具合はかなりよくなった。


「本当はもう少し看病してあげたかったんだけど、エレアが苦しい思いをするのはかわいそうだからね」


 ベッドで身体を起こして座っている私に、ラルはいつもの笑顔で、本気なのか冗談なのかわからないようなことを言った。


 昨日言われたあの言葉を、彼は覚えているわよね……?

 というか、あれは夢じゃないわよね……?


 あまりにいつもと変わらない態度でいるラルに、もしかしてあれは私が熱に浮かされて見た夢だったのではないかと思わされてしまう。


「ありがとう、ラル」


 そんなことを考えながらも、薬を依頼してくれたことに素直にお礼を伝えると、ラルはにこりと微笑んで言った。


「エレアの具合が完全によくなったら、二人でどこかへ出掛けたいな。最近は毎日天気もいいし、僕もゆっくりできるのは今くらいだからね」

「ええ……そうね。楽しみだわ」


 確かに、仕事が忙しいラルとはもうずっとゆっくり外出なんてできていない。


 たまには昔みたいにラルとどこかへ行くのもいいかも。


 そう思いながらも、あまりにいつも通りのラルに、やっぱりそれは兄妹として言ってくれているような気がしてしまう。だって、今までの五年間はずっとそうだったのだから。



 

 *




 それから数日後。風邪がすっかりよくなった頃、懇意にしている公爵家で開かれた夜会にラルと参加することになった。


 こういった高位貴族宅で開かれるパーティーに出席するのも、貴族としての大切な付き合いだ。だから、私はキルステン家のためにもできるだけ顔を出すようにしている。


 ラルの腕の怪我はまだ完治していないけど、当然のようにエスコートしてくれるラルは今日もいつも通りの優しい笑顔だ。


「――エレア、大丈夫? 疲れていない?」

「ええ、大丈夫よ。ラルこそ、平気?」

「僕は平気だよ」


 先ほどからラルは、「病み上がりなのだから今日は長居せずに帰ろうね」なんて言葉を繰り返しては私の身体を気遣ってくれている。


 けれど私は本当にもうすっかり本調子。それより、ラルのほうこそ怪我が完治していないのだから、心配だ。


 それに、今夜もたくさんの人に声をかけられる。


 私を(ラル)の手から誘い出そうとするご令息たちに、ラルは「彼女は病み上がりで」と言って、それ以上何も言えなくなってしまうような笑顔を向けて、今日も彼らを追い払っている。


「でももう挨拶は済ませたし、今夜は帰ろうか」


 確かに、キルステン家が懇意にしている方たちとの挨拶はもう大方済ませた。

 傷に障ってはいけないから、ラルもあまりお酒は飲まないほうがいいと思う。だからラルの言葉に頷こうとしたら、後ろから女性の声がラルの名前を呼んだ。


「ラルフレット様――」


 誰だろうか。ラルのファンかしら。


 その程度に考えながらその声に振り返れば、そこには見たことのある黒髪美人の女性。


 胸元の大きく開いた真っ赤なドレスに、真っ赤な唇。すごくスタイルがよくて、色っぽい。


 この人は見たことがある――確か、名前はフローラさんだ。


 あの日、私の元婚約者であるポールと、ベッドの上で抱き合っていた人――。




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