19.好きな子が妹になった日3※ラル視点
僕は父にもよくエレアの話をしていた。あの家で迫害されている様子の彼女のことを、父も気になっていたらしい。
そんなあるとき、エレアがもうじき誕生日を迎えるという話を父から聞いた。
ホルト家を訪れるのももう少しで終わりだと知った僕は、彼女にくまのぬいぐるみをプレゼントすることにした。
自分の髪の色によく似た毛色のぬいぐるみには、自分の瞳の色に似たベストを着せて、その胸にサファイアのブローチをつけた。
このブローチには僕が魔法をかけた。
この国の者は皆、多かれ少なかれ魔力を持っている。
僕にはそんなに強い魔力があるわけではないが、騎士団長を務めていた父の、知り合いの魔導師に魔力付与のやり方を教わり、そのときの僕が持てる精一杯の誓いの魔法をブローチに込め、エレアに伝えた。
〝今後何かとても辛いことがあったら、このブローチを握って僕のことを呼んでほしい。必ず駆けつけてあげるからね〟
もしエレアが助けを求めれば、すぐに彼女の居場所がわかる魔法だ。
これで少し安心だ。
彼女はとても嬉しそうに笑ってぬいぐるみを抱きしめた。本当に可愛い笑顔だった。
しかし、それから急にエレアは庭に来なくなってしまった。使用人の者に尋ねてみたが、体調が悪いとだけ返されて、会うことができなかった。
間もなく若き伯爵、ツィロ・ホルトにすべてのことを教え終えた父が、その家を訪れることはなくなった。
父の役目は終わったのだ。
とても寂しかったが、元から覚悟はできていた。
お互い大人になって社交界デビューを果たしたとき、もう一度彼女に再会したい。そのとき恥ずかしくないよう、立派な男になろう。
まだ小さかった胸にそう誓い、僕は前を向いて日々の鍛錬や勉学に励んだ。
しかしそれから一年後、もう一度会いたいと願った彼女との再会は、願っていなかった形で叶ってしまった。
ある日の夜、魔力付与してエレアに渡したブローチから、反応があったのだ。
それはエレアが僕に助けを求めたということだった。
すぐに父にそのことを伝え、僕は一人で先に屋敷を飛び出し、馬を走らせた。
そして朝日が昇り始めた頃、裸足で倒れているエレアを見つけた。
馬から飛び降りて彼女の身体を抱き上げれば、ただ一言「助けて」と呟いて、一筋の涙を流しながらも一生懸命口元に笑みを浮かべようとしていたエレアに、僕の胸は張り裂けてしまいそうなほど痛んだ。
彼女の身体はやせ細っていた。髪にも艶がなく、とても高位貴族の家の娘とは思えなかった。
それでも僕があげたくまのぬいぐるみを大事そうに抱えているエレアに、なぜもっと早く彼女を助けてやらなかったのかと酷く自分を呪った。
あのとき無理やりにでも彼女を連れ出していればよかったではないか。
父は「簡単な話ではないのだ」と言っていたが、大人の事情など知らない。
僕があの母親と話をすればよかった。
若き伯爵に訴えていれば……、僕にもっと力があれば……! 僕がもっと、強ければ……!!
とにかく、すぐに彼女をキルステン侯爵の屋敷に運び、療養させた。
父が部下に調べさせたところによると、十八歳になった現ホルト伯爵であるツィロは、仕事が上手くいかず、酒や女に溺れているということがわかった。
事情を把握した父は、すぐにホルト家に向かった。
そして帰ってきた父の話によると、エレアの母はもう心がぼろぼろだったそうだ。
二人の夫を亡くし、ホルト家の古くからの使用人に嫌がらせを受け、息子となったツィロは仕事が上手くいかないことに苛立ち、屋敷で暴れ、歳の離れた妹は我儘放題。
エレアがいなくなったことに気づいた者はおらず、父が侯爵家で保護していることを伝えると、後ろに控えていた若い侍女が一人、ひどく怯えていることに気がついたらしい。
気になり声をかけると、涙を流しながら「申し訳ございません」とだけ繰り返していたそうだ。
それを見たツィロがとても苛立っていたという話を聞いて、エレアが何を見てしまったのか、僕でもなんとなく予想することができた。
エレアが侯爵家の屋敷で眠っている間、僕はずっと考えていた。
僕が彼女と結婚することはできないだろうか?
このとき僕は十三歳、エレアは十二歳だった。
この国で結婚できる年齢は十六歳からだが、婚約だけならいつでもできる。
結婚できる歳になるまでまだ四年あるが、あと四年もあの家に彼女を置いておくことなんてとてもできないと思った。
であればエレアと婚約し、婚約者として結婚するまでの間うちで過ごしてもらうのはどうだろうか?
名目は花嫁修業でもいいだろう。
決して無理な話ではないはずだと、この思いを父に伝えようとしたが、僕が言う前にどうやら父がホルト家で話をつけてきたらしい。
「今日からエレアにはここで暮らしてもらうぞ」
それを聞いたときは、さすが父上だと思った。
しかし、それは僕が希望したものとは違う形であった。
「ラル、お前にとっては妹だ。大事にしてやれよ」
そう、僕の初恋の相手は、妹としてこれからこの家で一緒に暮らすことになったのだった。




