14.風邪を引いてしまった
翌日から、怪我が治るまでの間、ラルの仕事は休みになった。
薬師が調合してくれた薬に、魔導師が特別な魔力を込めてくれた傷薬を一日に三回傷口に塗り込む。
そうすれば通常よりも早く傷が治るのだ。一瞬にして完治するほどの大魔法を使える者はこの国にはいないけど、それでも魔導師団の方たちの力は本当に凄いと思う。
私にも魔力はあるから、もっと勉強してラルや国のお役に立てるような魔導師になりたい。それが私の密かな目標である。
「エレア、何をしているの?」
「魔法の練習よ」
王立学園の魔法科を卒業した私だけど、ポールと結婚する予定だったから、魔導師団に入る試験は受けずに、花嫁修業を受けていた。
けれど、その婚約がなくなった今、魔導師団の試験に改めて挑めないかと考え、こうして庭で魔法の練習を続けている。
「見ていてもいい?」
「いいけど……」
そしたら、散歩をしに来たらしいラルに見つかってしまった。別に内緒にしていたわけではないからいいのだけど……ラルに見られるのは少し恥ずかしい。
緊張のせいか、身体も熱い気がする。
いつもとは違う意味でドキドキしながら、目の前の石に手をかざして意識を集中させる。
「……!!」
心の中で「えいっ」と叫ぶように力を込めると、手のひらサイズの石がふわりと浮かび上がった。
「へぇ……凄いね」
「まだまだよ」
胸の高さくらいまで浮いていたその石は、私が力を抜いたことで再びぽとりと地面に落ちた。
ラルは感心したような声を出したけど、本当はもっと大きなものを、もっと長い時間操れるようにならなければ王宮の魔導師団で活躍するのなんて夢のまた夢だ。
「でも、こういう魔法が使えたら手を怪我していても便利だね」
「そうね」
包帯を巻いている自分の左腕を見ながらそう言ったラルに頷いたけど、そういえば昨日、ラルに着替えを手伝ってほしいと言われたのだった。
確かに困ったことがあればなんでも言ってと伝えたけど、着替えを手伝うなんて考えてなかった。
まぁ、冗談だったみたいだからいいんだけど……あんなことを言われてしまったから、もう一度言うのはなんとなく気が引ける。〝なんでも〟じゃないじゃない。と、自分で思ってしまうのだ。
「……っくしゅんっ!」
「エレア、大丈夫?」
「ごめんなさい」
そのとき、ぶるりと身体を寒気が走って、くしゃみが出た。今日は天気がいいし、まだ日も高くて暖かいはずなのに……。
ラルの前で盛大にくしゃみをしてしまったことが恥ずかしかったけど、ラルはすぐに私の額に手を当てた。
「……エレア、熱があるようだよ?」
「え……?」
そういえば、さっきから少し頭が痛いような気がしてた。でも考え事ばかりしているせいだと思っていたけど、熱のせいだったの……?
「大変だ。早く中に入ろう」
ラルに肩を抱かれるようにしながら屋敷の中へ戻ると、すぐに使用人に声をかけるラル。
「何か温かいものを用意してくれ。それから医師を呼んでほしい。エレアが熱を出した」
「かしこまりました。大丈夫ですか? エレア様」
それを聞いた使用人がすぐに動き出す。侍女のメアリがガウンを手に「大変だわ」と言いながら真っ先に歩み寄ってきてくれると、それを私の肩にかけて、ラルと共に部屋についてきてくれた。
その後、主治医に診てもらった私は、自室のベッドで上体だけを起こし、布団を被って休んでいた。
医師が処方してくれた薬を飲むために胃に何か入れようと、使用人が作ってくれたのはパンとミルクで作った粥。
なぜかそれをスプーンで一口すくって、私に食べさせようとしているのはラルだった。




