12.帰ってきたラル
なんだか嫌な予感がして、その手紙を受け取り、すぐに封を切った。
「……そんな」
手紙には、王都付近の西の町に突如現れたウルフの群れを討伐するために、急遽騎士団が派遣されたということが書かれていた。
その討伐にラルも参加し、怪我をしてしまったらしい。
この国には魔物がいる。けれどここ数年は、魔物の被害は少なかったはずだ。
それも、王都付近の街だなんて……。
「おはようエレア。……一体どうしたんだ?」
「お父様……ラルが!」
そうしているうちに父が起きてきて、手紙を握って今にも泣いてしまいそうな顔をしているだろう私を見て、歩み寄ってくる。
「――そうか。すぐに城へ馬車を出そう」
「はい……!」
父にも手紙を見せると、低く唸りながらその表情を厳しく歪めた。
とても心配だけど、泣いている場合ではない。とにかくラルに会いに行かなければ。
私は急いで自室に駆け込み、出掛ける準備を始めた。
……きっと大丈夫。ラルは強いもの。
父と共に馬車に揺られながら、私は震えてしまいそうになる手をぎゅっと握りしめて、心の中でラルの無事を祈った。
王宮に着くと、騎士団のギド・シュティヒさんが、慌てている私と父に事情を説明してくれた。
ギドさんはラルと同期の騎士で、伯爵家の長男だ。
私もパーティーで何度も顔を合わせている。
真っ赤な髪と瞳がとても印象的な人で、見た目は大きくて怖い感じがするけど、とても話しやすくて優しい人であるのは知っている。
ギドさんの話によると、西の町に現れた獰猛なウルフの群れの討伐のため、騎士団と魔導師団が派遣された。ラルは仲間の騎士を庇って左腕を噛みつかれ、怪我を負ったらしい。
すぐに自らの剣でそのウルフは倒し、魔導師による治療で止血されたので大事には至らなかったようだけど、その牙はラルの骨にまで届いてしまったようだ。
きっとすごく痛かっただろうし、しばらくは騎士の仕事も休まなければならない。
「――ラル!」
話を聞いた後、治療を終えたラルがいる救護室へ、ギドさんの案内で駆けつけた私に、ラルはいつもと同じ笑顔を見せた。
「エレア……わざわざ来てくれたのか」
「ラル、大丈夫? ……じゃ、ないわよね……」
腕に包帯を巻いているラルの姿に、私の目頭が熱くなる。
怪我はしてしまったけど、生きて戻ってくれて本当によかった……!
「大丈夫だよ。そんな顔をしないで、エレア。優秀な薬師が調合してくれた薬を塗っていればすぐに治るよ」
「……本当?」
「ああ、本当だよ」
きっと、私を心配させないように、無理に笑っているのね。ラルはいつもそう。自分が辛くても、私のために笑ってくれるのだ。
その顔に、かえって涙が込み上がりそうになるけど……、必死に堪えた。ラルが笑っているのに、私が泣いては駄目よね。
「父上も、わざわざありがとうございます」
私の後ろで様子を見ていたお父様に、ラルがベッドの上で会釈する。
「いや。ご苦労だった、ラルフレット」
ラルの活躍はギドさんから聞いた。だからお父様も息子の勇姿を素直に讃えた。
「それじゃあ、僕はもう帰るよ」
「ああ、しっかり養生しろよ」
「ありがとう」
そう言ってベッドから立ち上がるラルの身体を支え、私もギドさんに深く頭を下げてお礼を述べ、医師からラルの薬を受け取った。
「私は陛下に挨拶をしてくるから、お前たちは先に戻っていてくれ」
「わかりました」
昔騎士団長を務めていた父は、今でも国王陛下と交流がある。
そんな父と別れ、ラルと共に侯爵家の馬車に乗り込んだ。
「――情けないな」
「え?」
馬車の中で、ラルがぽつりと呟いた。
「こんな怪我をして、しばらく仕事もできないし……僕はまだまだだな」
ふっと小さく口元だけで笑ってそう言ったラルに、いつになく漂う悲壮感。顔では笑っていても、やはり彼は落ち込んでいるのだ。
そんなラルの言葉を、私は身を乗り出す勢いで否定した。
「情けないわけないじゃない! ギドさんに聞いたわ。ラルのおかげで誰も死なずに済んだって」
ラルは誰よりも活躍して、そのうえで襲われそうになっていた仲間のことも助けたのだ。自らの腕を犠牲にしてまで。
「でも、怪我をしてしまった。格好悪いだろ?」
「そんなことない。皆のために先陣を切って戦った貴方は誰よりも格好いいし、誇らしいわ」
だから、はっきりとそう言い切った。お願いだからそんなこと言わないでほしい。ラルは本当に立派だ。
「……エレアにそう言ってもらえるなら、嬉しいな」
熱心にラルを見つめて言えば、ようやくわかってくれたのか、彼の表情が少し緩んだ。
「片手が使えないと不自由なことも多いでしょうから、何かあったらなんでも言ってね。私にできることはなんでもするから!」
「ありがとう。でも大抵のことは使用人がやってくれるから」
「そうだけど……」
でも、ラルは優しいから。普段から使用人にあれこれ頼んでいるのをあまり見ない。だからいつも自分でやっていることは、無理をしてでも自分でやろうとするのではないかと思えてならない。
「……それじゃあ、エレアにしか頼めないことをお願いしようかな」
「ええ! なんでも言って」
そんな私の気持ちが伝わったのか、ラルはいつものような優しい口調でそう言った。
「本当になんでもいいの?」
「もちろんよ」
「じゃあ、こっちに来て」
「?」
なんだろうかと思いながらも、そう言いながら左に寄ってスペースを作るラルの右隣に、言われた通り私は移動した。




