76 タウ&イータ
「すっごいきれい…」
一瞬見惚れて、それからイータの両手を取って泣きそうになるリーブラ。
今日は、タウとイータの小さな披露宴だった。
身内だけで花札じじい2の食堂で行う。じじい1の食堂よりキレイでレストランという感じだ。
イータはムギと同室の西アジア人の子、ライのお姉さんの花嫁衣装を着けていた。ライが着付けながら、ファイと簡単に裾を直していく。一気にお腹も目立ってきたので、胸下から絞るエンパイアドレスである。少し変わった形で絞りからリボンが垂れていて、あとは美しい西アジアの刺繡が細かく入っていた。ライの故郷の花嫁衣装はカラフルだが、半分近代化した地域だったので色は少しだけクリームがかった白である。
「うう、イータ。」
「泣くな泣くな。」
リーブラが止まらない。
「ライ、先に着てしまって申し訳ないよ。」
「いいの。姉さんも喜んでいるよ。」
ライの歳の離れたお姉さんは自国の子供の施設が襲撃された時、最後まで残って殉職した。それでも3人の子を残し、みんな元気に育っている。
「でも本当にお姉さんのを着てよかったの?」
「うん!」
事務局の女性たちも盛り上がっている。
その横でもう1人キレイな花嫁、ソア。
一部濃い人がいるためほとんど目立たなかった、アーツBチームにいたベイドの恋人で、説明会や何かの折に来ていた女性だ。
今後のことで職員とリーダーで話し合っていた時に、
「はあ、もう面倒くさい。みんな結婚してしまえ。」
との、チコの一言でまとめて簡単な披露宴をすることになった。タウとイータは式は済ませていたが、ベイドとソアはまだ。今回エリスにお願いする。
ソアはイータと同じダンスチームのメンバー。
タウは何もしたくないと言っているし、イータも今更感があって披露宴はする気がなかったが、写真も残していないしドレスも着ていないことを知り、南海の女性たちが絶対にしてあげてと準備したのだった。ご祝儀は3千円のみ、未成年半額、小学生以下無料。子供3人目から無料。会費ではなくご祝儀としてこれ以上は受け取らない。子供だけの世帯からは何も受け取らないことにした。
今回新郎はシャツにスーツパンツのみ、ソア以外全員スニーカーである。
こいつらスニーカーでも様になるとはどういうことだと思う、妄想CDチーム。くるぶし丈のパンツがイケるとは。
写真屋が入って写真を撮ると言ったら、ギャラリーは最低限にしてくれてとタウがいうので、仕方なくみんな出て行く。
「もー、超つまらない。タラゼドもタウもつまらない!」
リーブラが怒っている。なぜタラゼドがここで出てくるのか理解できない周りの人間。
写真が終わるころにチコが入って来た。
「タウ、イータ。お前たちももう一度式をするぞ。」
「は?なんで?」
タウがイヤそうな顔をする。とにかくみんなの前で何かするのがイヤなのだ。とくにアーツの前で。
「…。」
チコが2人を見つめて言った。
「ご両親が来ている。」
「は?」
「タウ、お前の親が来ている。」
***
小さい会議室でタウの両親と妹、そして2人が何か話し合っていた。
「大丈夫かな…」
みんな心配している。
場面は一気に張り詰める。
下町の少々層が悪い場所で、かつタウの1人住まいに転がり込む形で同居し、自分の親と絶縁状態のイータ。平均的な中間層家庭のタウの両親から見れば、許せる相手ではなかった。しかも今回イータのために、タウは仕事もやめている。
「なんで分かったんだろ。」
「イータが連絡していたんだって。」
イータのまじめさに、ハウメアがため息をついた。
「こっそりしちゃえばいいのに。」
そういう現実に向き合ったことのないファイはそう思う。ファイも両親とは疎遠だ。
「…無視できないでしょ。イータの環境も確かに良くないし、だから結婚に反対し続けただけで、それ以外ご両親が何かしたわけでもないし。生まれる前にきちんと報告もいるよ。タウは再就職したからきちんと話すんだって言ってけど。」
「昨日の段階でお父さん、勝手にしろって感じだったみたいよ。」
「そうなんだ…。先、窓から見えたけど、お母さん泣いてた……」
ムギが何とも言えない顔をした。
最後にチコが呼ばれて、サラサと二人個室に入る。10分ぐらい後に、エリスも入って何か話し合っていた。
変な雰囲気の時間が流れる中、西アジアやユラスの女の子が多分二人のために祈っている。
本当に信仰深いんだな…と驚くアーツ。
その後、タウが母を支えて出てきた。みんな気にしないそぶりを見せながらも、一斉に注目する。
タウの妹がイータを支え、父親はエリスと話し合いながら出てきた。
廊下やフロアにいた面々は、結果も分からないし、どう反応していいのか分からない。
そもそも、人生経験値が低すぎる。結婚式とやらを見たこともないメンバーも多いし、もぞもぞするしかない。
「カウスさん、今度一般常識の教育もしてくれませんか…。」
思わず言ってしまうキファ。
「そうですね。サラサに頼みましょう。」
「え、カウスさんも自国の一応貴族みたいなもんでしょ?そういう事習わないの?」
「そういう事から、逃げまくっていましたからねえ…。全て兄任せでした。」
「……。」
少し人の多いところまで来たらタウの母親が止まった。
「あの、皆様。」
急に大きな声になる。
皆様って俺ら?アーツが固まる。
「うちの息子をいつもありがとうございます!」
母親が大声で言い、え!いきなり何を!という感じでタウがたじろく。
「あ、いえいえ。どうってことないです。」
なぜか、たまたまそこにいたファクトが答える。サルガスに頭を叩かれるファクト。世話になっている方である。
「どうかこれからも二人をよろしくお願いいたします!!」
思わずみんな礼をする。
ずっと頭を下げる母親を起こして、チコが笑顔で誘導する。
「行きましょう。」
チコが案内してそのまま近くの聖堂に向かった。
「タウのご両親、そんなに大きくないですね…。」
「なんであのご両親からあの兄妹が生まれるんだろう…。」
タウはもちろん、妹もそれなりに背が高い。
***
新郎が先に入っていく。
「こういう時、すっげー音楽かけたかったんだけれど、先、今日は自粛しろと言われた。」
さみしそうにジェイの横で音響をいじるモア。
「え?何かけるつもりだったの?」
「『黄金のリング』」
プロレスでよく使われるアクション映画のオープニングである。
「え、それめっちゃ残念。」
音響部屋まで移動したファクト、実に残念そうだ。
聖堂はそこそこ広いが、人が多過ぎてみんな入りきらない。大房からダンスチームやその他の下町の面々も来ていた。しかも、南海の人たちも入り混じって、身内だけのはずが何だかすごい人になってしまった。
ソアとベイドの両親や家族も来ていた。思いっきり手を振ってあちらは雰囲気が明るい。
音楽が流れ、イータとソアが父と入場すると、大きな拍手が沸き起こった。
父親がそれぞれ花嫁2人を牧師の前の新郎まで案内する。イータの手を引いたのは、タウの父だった。
「そっか、仲直りしたんだ。」
「子供までいるからね。」
「よかった。」
響が安心して笑った。
この中のけっこうなメンバーは、両親に愛されるという事がよく分からなかったし、親が亡くなっていたり、離れ離れになったままだ。とても不思議な感じがする。
父親から新婦を受け取ると、ソアの親父が泣き出した。それなのに周りにピースするベイド。
タウもイータの手を取って笑った。そして、父親に礼をした。
エリスが祝福をし、誓いを上げて指輪を交わしている間、しばらく厳粛な雰囲気になる。
タウたちは指輪はしないので細めのバングル。
そしてベイドはソアの口に、タウはイータのおでこにキスをした。
大きな拍手や歓声が起こり、口笛が鳴る。
「みんな、幸せを祈っています。」
エリスが4人にもう一度祝福を贈った。
「イータきれい。」
「ムギはお嫁に行かないでずっとここにいてね。」
ムギに寄り添っていた響が言う。
「ムギがいなくなったらさみしいもん。」
ちょっと泣きそうな響。
「大丈夫!結婚しないから。」
何を言わせるんだと、横で見ているハウメアである。
「おいでー!写真撮ろー!!」
記念写真を撮っているが、タウは数枚撮って逃げる。後は花嫁2人を中心に撮影会場になってしまった。家族写真の後は、ほとんど女子と明るいベイドソア親族の独壇場になってしまった。
チコ、サルガス、カウスなど大人組は後ろで見ている。
「お前はどうするんだ?」
「は?何が?」
いきなりチコが言うので、サルガスが聞く。
「もうけっこう歳だろ。」
「え?まだ25だけど。」
「あれ?そうだっけ?老けてるから。」
「失礼だな…。」
アーツでいろいろあり過ぎたせいで、普段覚えていることも吹っ飛ぶチコ。
「まあ、ユラスだったらもう子供が2、3人くらいいてもおかしくない歳だけどな。」
ユラスは子だくさんなのである。
「では新郎新婦。退場いたします!」
写真ですっかり砕けてきた雰囲気。
「もういいっしょ。」
と言って、退場の音楽に『黄金のリング』を掛けたのは、ファクトであった。ソアが音楽に合わせてガッツポーズをするノリの良さだが、タウは退場なんてなくてもいいだろと疲れ切っていた。普通にここから出ればいい。
それは入場曲だからいいのにっ。…今度絶対こいつを音響部屋に入れない!
と、悔しがりながら決意するモアであった。
***
この後の宴会場、なぜかレストラン外の近辺にもたくさん料理が準備され、明るい南海人が勝手に祝っている。
そして、タウのお父さんは既に出来上がっていた。
「全然言う事を聞かなくて、全然思い通りにいかなくて、本当にかわいくない子供だった!!」
タウのことである。
「全然自分の子という雰囲気がしなくて!勝手に危ないことも始めるし!似てないし!」
確かに顔も性格も似ていない。危ないことはしなさそうなお父さんだ。
「お父様、お気持ち分かります。」
隣りであれこれタウを上回るタウっぽい男、イオニアが宥めている。
「そうかな。言う事聞かないところ、そっくりだけど。」
タウ母こと奥様がその横でぼやく。
「ははは。ウチはママの方が全然言う事を聞かなくて。ソアがそっくりだよ!」
ソア父は横で大笑いしている。
イオニアがパパママ軍団につかまっているので、近くにいるわけではないが、響は彼の視界に入る位置にある料理をこそっと取りに行く。
しかしイオニアは目ざといのだ。
「あ!響先生!お父様、ちょっと失礼します!」
「響せんせーい!」
ビクッとする響。
焦って知り合いを見付けようとする響。この辺は男子が多く座っていたので、1人モバイルをいじっていたタラゼドを見付けてその後ろに隠れた。
「…。」
状況がよく分からないタラゼド。
「せんせーい!」
タラゼドの前まで来たイオニアに、タラゼドの横の席で顔を隠している響。不自然過ぎるし、タラゼドが言っておく。
「響さん。何してるの?イオニア呼んでるよ。」
「…あのねえ。かばってよ!状況が分からないの?」
分かるわけがない。
響の前まで来てしゃがみこんで顔を覗くイオニア。
「絶対無理です。」
と、響が言うと、タラゼドが響の目の少し前を覆って、
「話したくないんだって。」
と、イオニアに言った。
イオニアは、はあ?という顔をするが、その隙に響はあちこち見て一目散に逃げて行った。
響が行ってしまうと、イオニアも去っていった。
その様子を見ていたリーブラ。
「本当に面白くない!盛り上がって、上がって上がって上がりきる前にいつも下げる!タラゼド阿保!ばか!」
「さほど上がってないし、盛り上がらなくていいよ。」
横で言うシグマに襲い掛かるリーブラ。
「あんたが盛り上げなよ!あんたの役目でしょ!」
そして、チコは怒る。
「なんで響があれこれモテるんだ?!おかしい、響は今までそういう事はなかった…。」
「いや、見た感じ、タラゼドは巻き込まれただけですけど。響さん好きなのはイオニアだけです。」
ヴァーゴが訂正する。
そうして、今日の宴も過ぎていくのだった。




