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ZEROミッシングリンクⅠ【1】ZERO MISSING LINK1  作者: タイニ
第六章 それから後

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75 響の研究室



「響先生いますー?」


今日も、響の研究室は来客が多い。

午前に続き、まだまだ来る。


「イオニアさん、しつこいと出入り禁止にするって先生が言っていましたよ。」

「通り掛かりだから。」

「全然通り掛かりじゃないです。」



イオニアはタウの仕事を手伝う傍ら、外交政策科講師の助手という形で、教授たちとほとんど実践として交渉の場に出ている。


試用期間に分厚い聖典も2回読んでしまい、『宗教がなくした科学、科学がなくした宗教』とか『思想における一体論』『意識下の共通自他』『唯物論の起源』とかいう、これまた分厚く、歴史なのか思想なのか分からない本を何冊も読んでいた。地理や近代史も勉強し、様々な世界白書も目を通している。

さらにユラス語から、聖典正統家系の言語も習いだし、「有名大卒こえー。」と、母国語ですら危ういアーツ内の恐怖の対象となっている。


なお、カウスからは現代外国語は習わないでくださいと忠告されている。海外出張に同行させようとしている教授たちへの「うちの人材連れて行くな」という、ささやかな抵抗である。「カウスさん、みみっちぃい」とみんなに言われている。



ともあれ、医学と自然科学などの中間にある響の研究所とは全然場所が違う。下手をしたら在籍していても会うこともない。


「いないの?」

「リーブラさんと買い物に行きました。」

「どこに。」

「知りません。」

「さぼりじゃん!」

「そもそも今日は祝日なので、休みの日です。」


「やめた方がいいですよ。午前、大学外の同世代っぽい男性を連れてきていました。」

「誰?どうせ業者かファクトかジェイっしょ。」

「タラゼドとか言っていました。」

「………。」


タラゼド…ってあのタラゼドか?と、脳内確認する。

「何しに来たんだ?あいつ。」

「二人でスズメバチ運んでましたけど。幼虫とか、成虫になりかけのとか。巣とか。」

「…スズメバチからロマンスが生まれると思うか?ああ?」

どう見ても脅しをしているイオニア。

「知りません…。リーブラさんに煽っとけと言われました。」

学生の顎を掴むイオニア。

「ひ()~。ずイマゼン!!」


「でも、響先生はやめておいた方がいいですよ。先生、虫とか食べるそうです。」

顎を離された学生が一息してそう話すと、後方の学生も付け加える。

「ムカデとかマムシとかも平気みたいです。」

「………」

「でも、この辺はダメとか言っていましたよね…。」

と言いながら、芋虫や昆虫を並べたデバイスをいろいろスクロースする。

「こっちは食べられると。」

「…………。」

何か考え込んでいるイオニア。


そして元気に発言する。

「マムシやムカデは栄養剤にも入っているからな!蚕も。ヤバいな。」

何がヤバいんだ。しぶといなと、たじろく学生たち。

「は!強精剤!!」

ヤバい方に煽ってしまったのかと気が付く若い学生たち。


「でも響先生は、香具師なんじゃないの?なんで漢方なんてしてるの?」

「知りませんけど、家が北西アジアの香道をしていて、『香りは食べられないから』って漢方も勉強し始めたそうですよ。」

「……。そう。」

先生のいないところで先生を下げることを言うのは申し訳なかったが、響からお許しを得ているので、心の許す範囲で下げに下げる。

「超ニコニコで虫食に付いて語っていました。あんなに笑顔の先生は初めてみました!」

「………。」

考えてる、考えてると、勝利を感じる学生。これで響にドン引きして、研究室に来なくなるだろう。


「かわいかった?」

「は?」

「響さん、かわいかった?」

「え?かわいかったですけど。」

「ギャップ萌えする?」

「え?怒ると結構怖いから、話を聞くのに必死でそんなことまで考えられませんでした!」

「そう?じゃあ今度、ミツバチの巣ごとプレゼントしてあげよ。この時期に幼虫まで入ってるのあるかな……?」

「え?!!!」

ぜんぜん応えていない。

「え?ダメ?バッタや蜘蛛の方がいい?」


この研究室のメンバーはアジア人中心のため、チコのことは「ベガスの中心に女の総督がいる」くらいしか知らない。よく分からないけれど、イオニアはそのベガスアジアの総長、総監を落とし込めた人物とだけ聞いていたが、この軽快さ。


年齢的にはそれほど差はないはずなのに、研究室に籠っている自分たちには手に負えないと気が付いた一同であった。


「コオロギでもプレゼントしたらどうですか。」

「コオロギ好きなの?」

「インパクト大でしょう!」

一応、一番嫌いなものを言って最後にささやかな爆弾を準備しておく、学生たちであった。




***




ガラス近くに張り付いて、キラキラと輝く宝石箱を思わず見入ってしまうムギ。


「ムギちゃ~ん。それ好きなの?」


アンタレスのおしゃれスポット、倉鍵(くらかぎ)のお店で、ドレスを着たお姫様が装飾されている箱にムギが見入っている。

「ううん。私じゃなくて、妹がたちが見たら喜ぶかなーって。」

どう考えても高い店。そのうち似たものを探そうと思う。


「あれ?前、お兄さんって言ってたよね?妹もいるの?」

お兄さんのチェックは抜かりないリーブラ。

「えーと、兄が3人で姉が1人いて、弟に妹2人…。」

「え?!すごい!何人兄弟なの?!」

「8人です。」

「えー!そう来たか!」

ファイも驚く。

「お兄さん1人とばかり…。」

「上2人と姉は結婚しています。アンタレスにいるのは姉夫婦と弟妹たちです。」

対象外はちゃんと省いてくれる、ムギのやさしさである。

「そーなの?なんで妹たちも紹介してくれないの?」

「同じ故郷から来た子たちと一緒に、ミラの寮に入っているんです…。あと河漢にいたり。」

最初に会った頃にこんなに親しくなるとは思わず、響の故郷を自分の出身地と言ってしまったため、説明がしにくかったのもある。


でも、初めてウィンドウショッピングというものをしたムギ。遠くにいる父や祖父にもいつか何か送ってあげたいなと思う。



今日は、響の買い出しに付き合っていた。今度講座を開くため、足りない物のショッピングだ。

買い物が終わってなじみの店主と響が話し込んでいる間、近くで遊んでいたのだ。響の同級生のお母さんらしい。


「ごめーん!内輪の話をしていたのに、いつの間にかここでも講座を頼まれちゃった!リーブラも人脈を作るなら来てもいいよ。」

「行きたいです!」

「香道3回、漢方3回、薬膳3回。触りだけ。()()()()()の高い層だから、マナーも習わないと。」

「え?お金持ちな人たちですか?」

「そういう人もいるかもねー。目は肥えてるよ。」

プラス所得は、東アジアで保障される以上の所得である。わいわい騒いでいる女子たちを眺めながら、ムギは不思議な感じで見ていた。



「ムギ、今日は研究室でみんな待っているから行けないけれど、今度パフェ食べに来ようね。」

響が笑う。


大好きな笑顔だった。



ムギの亡命の際、アジア側の受け口を作ったのが、響の父だった。


ユラス、ヴェネレから物品の取引としてムギを乗せ一気にアジア蛍惑に飛ぶ。

これまで危ない仕事には関与していなかったが、そのたった一度だけ、連合国側公認ではあったが移民の脱出を手伝った。もともとベガスの移民名簿には入っていたので、(から)の名簿に実体が乗っかるだけだった。

当時、侵略側メンカルのアジア人が、移民リストと実体の照合をしていたので急いでいた。誰がスパイとしてベガスに入ったのか分からず、早くアジアのリストを一致させないといけない。



アクィラェの亡命を先導したのは誰か。


有能な人材を消そうとギュグニーとメンカルが探している。



一部のユラス族長家系はユラスの西側経由で公人として欧州圏に亡命。メンカルもユラス族長系勢力がアクィラェ住民の逃亡を先導したのではないという事は知っていた。

ムギを把握されるわけにはいかなかった。スパイを捉えるのに時間を掛けてしまったという失態はあれど、響の父のおかげで特定される前にムギはベガス南海の本物の住民になることができた。



「うん、先のお店でお茶を出されたから今日はいい。」

「リーブラ、ファイ。みんなにお留守番のお土産、なにかおいしいそうな物買ってきて。」

と、人気店バターキッチンのケーキやパンをどっさり買って帰る女子一同であった。




***




「だーかーら、なんでいるの?!」

大学に戻って超絶ご立腹のムギ。


「え?1日1回、響先生を拝んでから帰る。」

「出てけ!」

ムギのパンチを軽く受け止めるイオニア。

「ここが研究室でなかったら、マットに…奈落に、次元の狭間に沈めるのに!!」

「ムギちゃんも次元って言葉知ってんだ。」

もう一発パンチを入れ込むムギ。

学生たち、お土産をおいしく頬張りながらも物騒な雰囲気にビビっている。キロンとキファ、スズメバチの話を聞きつけたティガやクルバトも来ていた。そんなに大きな研究室でないので、これだけいると狭すぎる。



ファイの、さらにその奥のリーブラの、その奥に座って嫌そうに眺めている響。

「あの…、イオニアさん。何がそんなに気に入ってもらえたのか分かりませんが、私の好みはあなたではないです。無理です。」

「え?じゃあ、どんな人が好み?」

「………。」

奥の奥の席で考える響。


そして、うっとりと話し出す。

「………お金持ちで…、頭もよくて……強くて…優しくて…、背が高くて…、家事もしてくれて、話も聞いてくれて…カッコいくて…全部察してくれて………」

「二次元だね!」

延々と続く希望にファイが加わらずにはいられない。クルバトも付け加える。

「細マッチョは外せませんか?」

「もちろん!」

と響。


学生たち。見渡すがぎり、少なくともこの研究室に来る面々では、1番背が高くて、強くて、一番頭が回りそうな……その3つを備えているのはイオニアである。身長に関しては、先、初めて来たタラゼドを抜けばだが。ここらをうろついている一部の軍人よりは細いが、イオニアは他のメンバーよりはかなりヤバい。ただし、細マッチョではなく、それなりの体格だ。顔はいいかもしれないが、カッコいいかどうかは好みの問題だろう。


「あと自分に向ける笑顔が爽やか!」

「分かる!萌えどころですよね!自分だけにそうなんです!…でも自分だけに意地悪とかでも。ふふ…」

ファイ、便乗したくて仕方がないが、響は別に自分限定ではない。


イオニアの笑顔は爽やかではないので対象外か。ただし、この男ならやりかねる。なぜかと言えば、アーツでも『女に甘えられる』という離れ業を持った数少ない一人なのである。


もう終わりかと思えば、響はまだ理想を付け足す。

「それから…王子様で、皇帝で、騎士団長で、たくましくて、馬は黒馬で、でも大変なことは私に手伝わせなくて、楽させてくれて、毎日ジャグジーの泡ぶろを許してくれて、カフェマシーンは毎日20種類以上ドリンクが揃ってて選ぶのが楽しみで、至上のお茶を淹れてくれるメイドがいて、週一でネイルとエステに行って、小顔矯正もして、月1回はホテル暮らしで、別荘も持っていて、毎日アフターヌーンティーをするの!あきちゃうかな?」


恍惚な顔でうっとりするので、響がまじめに言っているのか冗談で言っているのか分からず、虫の話よりドン引きなファイとクルバト以外の一同。最後は相手への希望でなく、自分の率直な願望ではないか。

イオニアすらちょっと引いている。


ファイはお仲間が、クルバトは新たな強キャラが現れた!と喜んでいる。



騎士団長ってなんだ。チコのことか。王子様なのか皇帝なのか、団長なのか何なんだ。黒馬って、世紀末のどこかの王か。時代的にどの設定なんだ。どこの次元なんだ。

ムギではなく、響に次元の狭間に沈められる皆様。亜空間、響の研究室。


「ご自分の年齢をお考えで?」

ちょっとツッコんでみるイオニア。

「放っておいてください!私の好みです!とにかく、イオニアさんとはお付き合いしません!」

と、確信に満ちた顔で言い切った。自分は以上を満たした相手が好きなのですと。



今日、虫話よりイオニアより、強烈な記憶をみんなに刻んだのは響であった。





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