70 チコVSカウス同僚ズ
そこでチコが全員に号令をかけた。
「ハイ、終了ー!」
校長にも礼をする。
「藤湾の皆様もありがとうございました。解散!!」
チコはさっさと周りの椅子を数個片付けて、出口に向かおうとした。
え?と、シラケる周囲。とくに下町ズ。
シグマとシャムが同時に言う。
「チコさんは?」
2人は顔を合わせるが、年長のジグマにシャムが場を譲った。
「警察官や…」
こいつらは何なんだと、カウス同僚を見て考えつつも続けるシグマ。
「…こちらのお兄様方がわざわざ足を運んでくださったのに、それはないでしょー!」
「は?お前殺されたいのか?」
シグマを睨み、そして周りに言う。
「無駄なことはしない、と何回も言っている。」
「無駄じゃないっす!」
シグマの言う事に根拠などない。
ファクトが、去ろうとするチコの肩を後ろから掴む。
「俺、2試合もしたんだけれど。」
「離せ。」
「チコさん!締めは私の役目です!勝手に締めないでください!」
サラサも怒る。
「そもそもカストル様がご退場の前に出て行くとは何事ですか!」
「アーツに関しては、総師長も同士だ!」
「同士にも守るべき序列があります!」
離さないファクト。チコにアーツがブーイングを送る。
「逃げるっ気すかー??!」
「卑怯だー!!!」
「ファイトー!!それでもウチのボスですか~?!」
チコを軽くあしらう下町ズに驚く同僚と、アーツと目上の人間の騒ぎに驚く藤湾生徒たち。
「1試合!」
そこでカストルが声をあげる。
「1試合だけしましょう。チコ。」
オオーーーー!!!!
という歓声とともに、チココールが始まる。
チーコ!チーコ!チーコ!!チーコ!!!
あまりに騒ぐので、チコが周りに尋ねた。
「誰が相手をしてくれるんですか?」
見回しても誰も発言しない。
警察で1人手を上げようとするが、他の警官に頭を小突かれる。
「身の程知らずだな。それにさすがに俺たちはヤバいだろ。」
公安なのに他国軍っぽい人たちにそれはどうなのか。
「お前たちしかいないな…」
向けられた目線に戦慄する同僚ズ。
「3人で行ったらどうだ?」
エリスが楽しそうに提案した。
「フェクダ、クラズ…レオニス?それともカウスか?」
その中でレオニスと呼ばれた一人が思いっきり首を振る。
「そんな!総長にそんなことできません!総長に足を向ける……ましてや女性に手を上げるなんて…」
「打ち合いはするだろ。」
「ミットやグローブの打ち合いと、こういう無礼講な試合は全然違います!!」
本当に恐縮している。
すげー!人の鑑。
忠誠と博愛の塊だ!
なのにあの人、床に叩きつけた上に、思いっきり蹴って、関節潰す気だったんですけど…。
と、アーツは誰かを見て思う。
「何ですかその顔?!私はもう出ませんよ!いろいろ反省しています!」
カウスが下町ズにまた弁明する。
その時、また一人現れる。
「なら3人全員行けばいい。コートが狭いからな。2人入って1人負けたらカウスが入れ。」
2階席から見ていた同僚の1人が手摺から飛び降りて意見を出した。
カストルが確認する。
「大丈夫なのか?」
「もちろん。」
その同僚にチコがすごむ。
「お前は?」
「私は非戦闘員ですから。」
「ふざけるな。」
今、さりげなさ過ぎてスルーだったけど、会館2階から飛び降りたのに非戦闘員なんですか?と、下町ズは聴きたい。
チコはすこぶる機嫌が悪いが、そのままグローブだけ拾ってコートに向かった。
ムギが驚いて腕や足にサポーターを付けさせる。響が髪も上げさせた。
同僚の3人もヘッドギアやグローブを着けてストレッチをする。
「こんなことになるとは…」
そう言いながらラインに立った。
「一般格闘技以外使うなよ。」
チコが指示すると、全員頷いた。
チコVSカウス同僚。
端から見たらどう見てもチコが小さい。クラズと呼ばれていた男は、100キロを超えていそうだ。
「あの人、人間の域を超えてますよね。」
「チコさん大丈夫なんすか?」
「大丈夫って言ってるから大丈夫なんだろ。」
「……」
しかしあまりにも体格差がある。チコが小さいのではない、他がデカいのだ。煽ったことにさすがに少し罪悪感を覚えるギャラリー。
「チコーー!ファイトー!!!」
女子の応援にチコが手を振る。
全体に礼をすると、場内から拍手が起こる。
双方礼をすると、さらに大きな拍手が湧き起った。
「では前に。」
マリアスが仕切り、同僚たちが構える。
『1分で終わらせる。』
そう呟いたチコの声をファクトが聞き取った。
「チコ、1分で終わらせるって。」
「まさか!」
ラムダが笑った。
さあ、始まる。
「ファイトーーー
GO!!!」
マリアスは手を切ると、コートに残らず外に出た。
その瞬間、チコは小柄の方のフェクダ…と言ってもサルガスより大きい男の方に向かう。向こうも蹴りを入れようとするが、見えないほどの動きでかわし軽いかかと落としを肩に叩きこみ、フェクダがもろに食らう。
そこに一回り大きそうなクラズのパンチが来た。
しかしチコは左腕で受け、そのまま腰から低姿勢になって足を相手の脚に滑らせる。クラズはふらつくが、倒れずに蹴りを入れようとした。
が、瞬時にかわして片腕を取り、あっという間にクラズの巨体が浮いたかと思ったら、場外に投げつけられた。
ズダーーーーン!!!とものすごい音がして、誰もいない方に数メートル吹き飛び、椅子が何脚か音を立てて崩れる。
この間数秒。
へ?と理解できない観衆。
警察が「ヒュー!」と口笛を吹いた。
「場外ーー!!!カウス!入れ!」
カウスがダッシュで入り、しょっぱなからチコの頭部に蹴りを入れようとする。
蹴りの勢いに藤湾の学生たちが目を伏せるが、チコはカウスの脚を弾いた。しかしカウスもひるまない。怒涛の勢いで蹴りまくるカウスの脚を何発か受け、一気に下がってくるも蹴りを小さく入れ自ら下がり逃げ切る。
カウスも追い上げチコの頭部、目の辺りから大きな左手で掴んだ。鷲掴みされ、一瞬驚いた様子のチコ。
「カウスさんのバカー!!」
リーブラが瞬時に叫ぶ。
カウスが右手で打ち込むと思った時、チコが両手でカウスの腕を握り、撃たれる前に足で腹部に蹴りを入れた。見ている方は、速くて何が起こっているのか分からない。
かかとを食らったフェクダがいつの間にか起き上がって、カウスの援護に入った。後ろからチコに上段蹴りを入れようとするが…カウスの脚を掴んでフェクダに向かって横に投げつけた。
「カウス邪魔だな。」
と言ってチコは立ち上がったカウスの腹部をさらに蹴り上げ場外に数メートル飛ばす。
そしてマットの摩擦で場外まで滑り込まなかったフェクダに近付き、パンチを入れてきたところを目にも止まらぬ速さで組み投げ、フェクダは場外まで飛んで地を踏んでしまった。
「……」
「場外ーーー!!」
マリアスがもう一度全体を確認する。そして、
「勝利、チコーーー!!!!!」
と、チコの腕を上げた。
ウワァーーーーーー!!!!!!!
よく分からないけれど大歓声である。正直、速すぎて何が起こったか把握できない者も多くいた。とにかく巨体が飛んだのと、カウスが女性の顔を掴んだり、蹴りまくっていたことだけは分かった。
そしてさらに驚くことに、投げられた3人は普通に起き上がってきちんと全体や双方に礼をする。一見受け身ができていなかったのに、大丈夫なのかと思う周囲。
シャムは興奮して周りと盛り上がっているが、カーフは何でもない顔で見ていた。
「1分に収まったかな?」
チコはグローブを近くにいた生徒にあげて、水をもらい飲みながらサポーターも外した。
「イオニア。終わった時のタイム測ったか?」
タイム用に撮った動画を確認する。
「あ、はい!終了は…1分1秒03です。」
「………。」
苦い顔をするチコ。カウスに蹴らせ過ぎた…と、少し落ち込んでいる。
「サポーターを外すチコさんツボすぎる…」
相当おかしなことを言っているが、もうファイにかまう者はいない。
妄想CDチームは分析に入る。
「動体視力がなさ過ぎて、何も分かりませんでした!」
ラムダが悔しがり、他のメンバーも言う。
「カウスさんが非道という事は再度確認しました!」
「今回は収穫が多かったな。ハウメアも危険だ。子供空手師範という言葉に惑わされてはいけない。あの蹴りは殺人級だ。カーフはあれだな。普通に危険だ。絶対ヤバいだろ。」
「だが、あのヤバさはいいな。ただの優等生だったのにいい目だった。」
クルバトがノートに追加している。
「ファクト…お前は…。ただただムカつく!チコさんとデートだと?!」
妄想チームに戻って来たファクトはヘッドロックを食らって苦しがる。そんなファクトにグッドサインを送るクルバト。
「でも、ファクトもいい動きだった。あの電気とエルボーを俺たちは忘れないだろう…。」
「若さの勝利だな。成長する時期だ。ただ、これ以上背は伸びるな。邪魔だ!」
みんなに頭を叩かれた。
レサトが長い足を椅子の上に組んで心底呆れている。
「本当にお前らバカだな。」
出て行こうとするチコにシグマたちが声を掛けた。
「チコさーん!今日、夕方6時。南海のユラス料理の食堂に来てくださいねー!悔しいけれど、あの花札じじい1のお店です!」
振り向いて聞くだけ聞いて、チコはカストルと校長、藤湾の教師陣に挨拶をして出て行った。
そして、またカウス危険、カウス非道という言葉が飛び交うのだった。




