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ZEROミッシングリンクⅠ【1】ZERO MISSING LINK1  作者: タイニ
第五章 再起動

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66 修了式Ⅱ



「えーと、いろいろあれど、あっという間に終わってしまいましたね。2回目。」


カウスが言うと藤湾学校で拍手が起こる。


南海で修了式をして締めようと思ったのに、なぜか学生のお願いで藤湾ですることになった。カーフやレサトはいちいちそんなことを言わないと思うので、他の学生たちだろう。授業中なのでまだいつもの藤湾組は来ていない。



「まず…今後のことですが…好きにしてください。残りたい方は寮なら勝手に残っていいです。」

「はあ?」

「なんだそれは?」

「放置か。」

「これ以上は面倒くさいだろうからな。」


「あ、ここで仕事を見付けてもいいし、大房に戻ってもいいし、働きながら高校なり大学なり通ってもいいし…。もう決まっている人もいますが、面談したい人はサラサさんとしてくださいね。サラサが怖かったら、あまりうまく話せませんが私に声を掛けてください。

ただ、アーツという事で何かの時はご協力よろしくお願いいたします。」

資料を見ながらカウスが答える。サラサがこの場にいるのになんてことを言うのだ。


「…そうだ!皆さんにここで働いた分はお給料を払います。主に時給になりますが、これまでタイムは切っているので。いろんな方と話し合って、きちんと渡した方がいいという話になりました。」

大した額ではないだろうが、半年と1週間あったので毎日食堂や清掃、配達などで働いていたメンバーは多少まとまった額がもらえるだろう。もらうつもりがなかったので、戸惑う者もいる。


「家が必要な方もいますからね。稼ぐとこも大事です。」

そう言って二人を見た。


タウとイータだ。


「はい、ここでお話があります。」

そこで手を叩き、話を区切ってサラサが立ち上がって全員を注目させた。サラサのこういう先生みたいなところが萌えると思うファイだった。


「もう知っている人もいるかと思いますが…、

3か月ほど後にイータが出産を控えています。安定期を過ぎたという事で。」

イータがコクっと礼をし、タウも慌てて礼をした。

知らなかったメンバーが騒めく。身近な知り合いや女性は全員知っているし、班長たちは初期から報告を聞いていた。


「ちゃんと話しておかないといけないですからね。」

サラサが笑顔になった。

「ここに来る前に既に妊娠していたんです。一人で大房に置いておくわけにはいかないし、ユラスや西や南アジアの移民たちは妊婦や赤ちゃんに慣れている女性が多いので、不安も減るだろうから一緒に来ることになったんです。」


「実は役所への入籍は試用期間の初期に済ませています。カストル総師長も二人に祝福を捧げて下さいました。」

カウスが言うと拍手と歓声が起こった。




旧知のメンバーは知っているが、イータの親はいわゆる放置と搾取をする親だった。


父親も3回変わっている。

タウに出会うまで、イータは稼ぎを全部親に渡していた。背中の腰回り上に小さくたくさんのあざがあった。服を着ていれば目立たない場所だからだろう。

大房のストリート系ダンススタジオはお金がなくても見学という事で入場ができ、イータを受け入れてくれそこにずっと通っていた。タウが出張を断って仕事を辞めたのは、不安定な期間にイータの友人たちがいる大房を離れたくなかったこともあった。


どちらにせよ妊婦のまま放っておけないと、チコが面倒見のいい南海の女子たちのいる環境に預けたのだ。ハウメアはもともとの友人なので安心できたことだろう。リーブラとは店員と客の関係だ。



「イータからもどうぞ。」

イータが立ち上がる。

「安定期が過ぎたし、出産は何があるか分からないので公表することもないかと思いましたが、試用期間中の妊娠期だったし入籍もしたので、皆さんにご報告です。今のところ元気に育っています。この期間ありがとうございます。」

もう一度コクっとみんなに礼をする。


「おめでとう!!」

「タウ、よかったな!!!」

と言葉が飛び交い、タウは少し恥ずかしそうだ。照れるタウを初めて見る。


「全然分からなかった…」

「ただ運動が苦手なのかと…」

「気にしたこともなかった…」

「お腹って誰もが大きくなるわけじゃないんだな…」

半分ほどの男子たちは全く気が付いていなかった。

7か月らしいが、言われなければ分からないほどしか膨らんでいないのだ。あと2、3か月で出てくるのに、あんなに小さくていいのか。


核家族が多いアンタレスでは、女性でも妊婦と関わることのない人が多いし、下手をすると子供すら個人では会う機会がない。ベガスの至る所で子供を見て驚いたほどだ。妊婦さんも時々歩いているので不思議な感じがしていた。


安定期ってなんなんだ。何があるか分からないってなんなんだ。

「妊娠おめでとう!はい出産!」ではないのか?

この時代、中学高校では男女別に一連のことは習うし、父母や夫婦教育もしているはずだが、大房の高校はいい加減だったし、そんな頃に習ってもテキトウな高校男児たちは記憶にない。違う事で盛り上がるだけだ。


サラサが加えて説明をする。

「タウはしばらくこっちで人の管理の仕事をするし、イータは出産期と産褥(さんじょく)期は今の寮の子たちにも見てもらうので、その間は南海に家を借りて残ります。」


「さんじょく期ってなんだ?」

「出産してしばらくは寝てなきゃだめだし、水仕事もしない方がいいんだよ。まだ寒い季節だしね。少なくとも2週間は外の風にも当たらない方がいい。あとで体にくるんだよ。」

ジリが言う。去年姉が出産したばかりで、性格のキツイ姉にあれこれうるさく言われたので覚えている。なら勝手に里帰りするなとケンカしたが、子供はかわいかった。


東アジアでは産後の養生は最低でも2~3週間は取る。仕事は最低1~3か月免除にせねばならず、3年は片親と子供とその兄弟分の住宅と食事、医療費などが保証される。産褥期のお手伝いも必要なら無料、または低額で済むよう国から支援が出る。



みんなの弾む会話が聞こえる中、イータは黙って遠くで聞いているファクトと目が合った。


お互い少し驚き顔になってしまう。

そして、イータは

『よく分かったね。』

と言って笑った。


ファクトも微笑んで手を振った。



リータの中の生命の光は元気に動いていた。




***




その後、休憩時間に入り事授業が終わった学生たちも講堂に入ってくる。


「ファクト、3か月お疲れ様。」

カーフが後ろに座った。レサトは端の離れたところで伏せて寝始める。

授業の時間になると、サラサが入って来たので全員、気を付けをして礼をした。それと共に廊下の方が騒めいている。



アーツが、なんだ?と不思議がっていると、カストル、エリス、チコだった。

慣れないこの緊張感。普通に迎えたい。


一気に空気が引き締まり、学生たちが一斉に立ち上がり、ザッと頭を下げてカストルを迎えた。入り口付近にカウスやマリアスもいるので、リーブラが手を振るとマリアスが微笑んだ。


全員がもう一度姿勢を正し、国旗に敬礼。

エリスが暫く祈りを捧げる。

アーツはとりあえず周りに合わせる。本当にこいつらすげーなと、3分ほどの祈りも落ち着いて聞けない下町ズはいつも思う。30秒で済ませてくれ。


様々な挨拶のあとはカストルのお話。そして、全員のために祝福の祈りが捧げられる。

エリスがもう一度、3か月とそして半年最後の感謝の祈りをし、全員に黙祷を指示してすべてが終わった。


下町ズは長かった…といちいち思ってしまう。祈りとか1回でいいのに。




式の中でカストルが一番強調したのは、

「最後の最後と、このしばらく後が一番気が緩む。

しっかり自分を見据えるように」

という事だった。


「努力したことは誰にも消せない。

たとえ思うように実らなくても、否定されても、あなたのものだ。」と。


「そして、その経験を相手や物事、人を、世界を理解し大切にしていくために使いなさい」と。



チコは何も話さなかった。

今回も修了式自体はつつがなく終わる。


「終わったな。」

サルガスがつぶやく。

「そうだな。」

と、ヴァーゴが答えた。

「あーあ。終わってしまった…」

ファクトは死にそうな声だ。もっとここで自由を満喫したい……。


半年前は想像もしていなかった。

ファクトの就職先を見学に行こうというだけだったのだ。少しだけ感傷に浸る。


みんな頑張ったと思う。半分以上は仕事が決まっていた。多くは間接的にVEGAに雇われ、アーツとして仕事を手伝う。数人いた高校未就学者も全員高卒までは目指す。このまま大学や専門学校に行くメンバーもいる。




しかしここである藤湾学生が余計なことを言ってしまった。


「先輩!」

だからアーツは先輩ではない。


「これで終わりですか?!」


「え?終わりだけど。後で打ち上げくらいはするかも。」

サルガスが反射的に答えみんなを見た。するよな?打ち上げ。カストルやチコたちにお礼もしたい。陰キャは答えないどころか目を逸らすが、でもちょっとしてみたいとも思う。前回は楽しかった。



なのに……


「えー!」

と、学生たちが信じられない顔をしている。


「三分戦はしないんですか?!!」

は?何それ。三分戦?


アーツだけでなくVEGAスタッフもそっちを見た。三分戦?聞いたことがない。

「三分戦が見れると思っていました!!」

KYな学生が大声を出す。この前もKYだった男か!


おそらく三分戦とは、前回の名目上「合わせ稽古のお披露目」のことでああろう。

貴様…、顔を覚えておかないとな、とみんな思う。問題なく終わらせたいんだ…。


その学生は黒人系の元気そうな男子だ。高校生ではなく飛び級で大学部。空手を補佐で教えていた学生である。


ないないない。教官やアーツは思う。危ないし。誰と誰が組むんだ。



「どうする?酒飲むか?」

「いや、なんか今は飲みたくない。」

「分かる。なんかもう少し頑張りたい…。」

不思議なことに、ここまで禁酒すると何かが突き抜けてしまったのか、あまり飲みたい気持ちにならない者もいた。アーツは無視して退場しようとする。


「カウスさんの賭け分考えようぜ。」

「打ち上げカウスさんに全員分奢ってもらおうと思ったら、賭けで一定以上の金額の奢りはだめなんだって。なんか捕まるらしい。」

「マジか。」

「でも賭けの負け分という名目は時効でいいだろう。ただ奢ってもらうと考えればいい!」

「それ賄賂とかにならないのかな?」

「行こ行こ、とりあえず今なんか飲みたい。カフェ行こ。」


アーツが通常モードに戻り始めると、バタンと音がした。




なぜか警察官が入って来る。


はい?

「警察?」

普通の警察ではない。特殊警察、特警である。


賭けの話をしていたキファやローたちが青ざめる。

「俺?」


講堂が騒めく中、久しぶりの声がした。

「よう!1億7千万!」

「あ!警察のおっさん!!」

何人か他の警察を連れている。

コマちゃん事件でお世話になったサルガスやヴァーゴたちも挨拶をする。やたらガタイのいい警察たちだ。その後ろに、カウスが時々着ている戦闘軍服のような制服を着た男たちもいた。応急を越えて生き残る講義をしてくれた講師もいる。

どいつもこいつもガタイが良すぎる。数人はユラス人の風貌だ。


なに?何なんだ??

誰か捕まるのか???

物騒過ぎる。何が起こるんだ。


「なんだ?お前ら?」

黙っていたチコが、入ってきた面々に怪訝そうな顔をした。さすがうちの番長。警官相手にも容赦がない。


「お、チコ!半年お疲れさん!まさか本当にここまでくるとはな!」

特警のおっさんが楽しそうだ。

「三分戦があるって聞いたから来たんだけど。」

「はあ?するか。誰がそんなこと言ったんだ!」

少し怒っているチコに、学生たちが怖がってしまう。


カウスが苦い顔で同僚らしき面々を見た。

「そうなのか?」

同僚に尋ねると、聞き返された。

「そうじゃないのか?」

「知らないけれど…。」


「やりましょう!流しで三分戦!!」

あのKY学生が懲りずに大声を出す。

「私も参加しますから!」


アーツがさらに「はあ?」と言う顔になってしまう。



俺たちはカフェでまったりしたいんだ。お前!何を言う!!




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