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ZEROミッシングリンクⅠ【1】ZERO MISSING LINK1  作者: タイニ
第五章 再起動

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64 もうすぐ試用期間が終わる



午後の講習で困ったことを言い出すファイ。


「できませーん!無理です!」

半泣きだ。

「そんなのさっさと済ませ!」

「ファイさーん、指導通りに押せばいいよ!」

「やだ~!」


何がそんなに嫌かと言えば、心拍蘇生だ。


口を付けるとかじゃない。

胸骨圧迫。胸を押さえるのも無理だという。ファイは最初の時もできなかった。

「この人形気持ち悪いし。人の胸なんて触りたくないし、圧迫とか怖いし…。胸骨折れたら嫌だし。説明読めば読むほど無理~!」


「だから私でやればって言ってるじゃない。」

ハウメアが言っても聞かない。

「いや~!胸骨とか聞くだけで怖い!そんなところ押さえられない~!!ハウメアに何かあったら責任取れない。人工呼吸も人形もダメ!!」

「大丈夫ですよ。横で見ていますから。」

講師が言っても駄目なようだ。


「私でする?人工呼吸もいいよ。」

リーブラが投げキッスして言うと、普通に嫌そうな顔をする。

「チコさんならがんばるけど、リーブラはいや!」

「失礼な。」

なぜチコと名指しなのだ。


練習では人形にも直接口は付けるわけではない。補助器具のポケットマスクがあっても嫌だという。

「おい、イケメン1人連れて来いよ。さっさと終わらせようぜ。」

「イケメンも無理!イケメンの胸がへこむなんてありえない!二次元でいい…」

「重症だな。」


「こっちの子供人形は?」

「ホントやめて!ケンケンくんも怖い!それに、受かったら応急処置への対応責務が発生するんでしょ?あのお酒じいさんが倒れていても絶対無理!」

ベガスでひたすらお酒を飲んで説教して歩いているじいさんである。いつ倒れるかも分からないじいさんが、よくファイに絡んでいる。

「だからイケメンで。」

「イケメンを死なせてしまう!!骨内部とか、鼻腔とか、肺胞とか、じゅう毛とか、センマイとか、ハチノスとか考えるだけで無理!!」

関係ないものまで出てきて、段々青くなっている。


「もうこれは、恐怖症に近いな。」

「まあ、職業などでなければ責務と言っても絶対ではないですから。」

講師たちとしては、資格まで行かなくても2回目なので修了証くらいあげたいが、それでも無理そうなので講師もあきらめた。


「今度、子供学習用の模擬教材があるのでそれを持ってきます。応急の場ではサイコスなども使われるので、もしできるならそっちでがんばりましょう。」



ファイは、ここで応急処置をされそうな動揺具合なので、指導員に連れられ横でイータと休んでいる。


それでもファイは、次の時間の誤飲事故や火傷の処置などはどうにか覚えた。

怪我の写真などは大丈夫なのだが、人体そのものが怖いらしい。誤飲処置も最初は頑なに拒否したが、肋骨が折れたら責任持てないとか泣きながらであった。


ちなみに血液は大丈夫なのだけれど、血管や血小板や赤血球は怖いらしい。理解できないがいろんな人がいるんだな、とみんなは思った。


「俺も、こういうの苦手だけれど。」

ジェイが胸骨の指示図の絵を見て言う。そんなに怖い絵ではない。

「そう?おもしろいよ。図鑑みたいで。」

ファクトは子供の頃から見ているので大丈夫だ。人体解剖写真の方は大きくなるまでだめだと見せてもらえなかったが、絵の医学書も家にたくさんあるので人体図は馴染み深い。

「絵というか、確かにこのいろいろ詰まっているところを押したりとか怖いよ。説明読んでもよく分からないし。」

「そっか…。」



ただファクトには目標ができた。

もし救急が直ぐ来れないような地域や、子供学生のいるところで働くことになったら、応急処置は役に立つだろう。一連を覚えることに決めた。

同じく普段激しいスポーツをしていたメンバーは興味津々。希望すれば、元々知っていることよりいろいろ教えてくれる。資格取得も念頭に入れているため、試用期間1回目より本格的だ。


事故怪我以外、簡単に一般的な病気への対応なども教えてもらえる。

「あの!骨密度が低いとやっぱり骨折しやすいんですか?」

と質問する者もいた。カストルに言われて相当気にしているらしく、現在食生活も変えている。



もっと習いたいというメンバーの意見をサルガスが伝えると、数回目からなぜか講師陣が変わる。


カウス張りの教官的講師が出てきて、災害時の対処として、ケガをしにくい避難の仕方、環境に応じた簡易トイレの作り方の他、雨に濡れた時の対処、真水の確保、森林や山岳地帯で遭難した時、敵に跡を残さない撤退の方法まで習う。敵?


回が進むにつれ、ロープの結び方、虫や動物に噛まれた時、砂漠での生き方、氷雪地帯での生き残り方など、それ必要か?みたいな講習に変わっていく。

ただ、嵐や夜の氷雪地帯は教官レベルでも生き残りが難しいという、厳しいお言葉をいただいた。熱帯は熱病や感染症、寄生虫。雪の場合凍傷で指や手足を、顔の部分などなくすこともあるし、帰還してから死亡という事もある。

それなら、自分たちはどこであっても難しいであろう。いつもの如く死亡確定である。



しかも噂を聞きつけた藤湾の生徒も集まって来て、応急処置指導の団体職員たちもなぜかサバイバル教室に打って変わった授業に参加。講師が生徒になっている。


途中、これ以上は高校大学ではヤバいんじゃないかという事になり、近隣の会場に場所を移したりもした。


大半がそんな数回の講習を熱心に聞き入っていた。




***




母ミザルに会う日。


ファクトは新年を準備している街並みに気が付いた。アジアは旧暦でも祝うのでしばらくにぎやかだろう。地域によっては旧暦4月1日も祝う。


そうか。あれからもうすぐ半年なんだ。


ファクトは試用期間は家に帰らないことに決めていた。アーツのみんなも、自分たちが流されやすいのは分かっていたのでほとんど大房に帰っていない。元々無職で一人暮らしや賃貸だったメンバーは帰る理由も場所もなかったが。

心星家の守護神、AIの貝君はさみしいだろうが仕方がない。


ミザルが先に来ていて、ホテルのロビーで手を振る。

「おかえり。何が食べたい?」

「ただいま。ん-、エビチリと…空芯菜。」

「珍しい。野菜の名前を出すなんて。」

「みんなに野菜を食べろと毎日言われるから。」

「そう…。」


ミザルがファクトを見上げて少し驚く。

1か月忙しくて会えなかったため、背が高くなっていた息子に初めて気が付く。うれしいような、知らないところで大きくなってさみしいような。

けれど、ファクトは半分一人で大きくなったようなものだ…とも思う。


「行こ。今日は上の方の店でいい?夜景観ようよ。予約なくても入れるかな?」

ファクトがミザルを招いて、高層階の方のエレベーターに行く。我が子ながら掴みどころのない子だと思っていたけれど、軽くエスコートされて安心した。


「おー。」

久々に見た高層階からのアンタレスはきれいだ。少し奥の方に見える、きらびやかな光の少ないところがおそらくベガス。その奥の暗いところが未開発地。こういう中華店には珍しく、夜間は照明を落としてある少し大人の店だ。


半年前まではただの夜景だったのに、あの星の下に住む人たちのことを知ると不思議な気分になる。ポツポツとした小さな光の中にみんながいるんだ。



店員がミザルのコートを受け取って案内をする。個室でなく窓際をお願いした。この店は広く空間を取っているので他の客とは距離が遠い。

「エビチリと空心菜があれば、コースはお任せするわ。8品で。最初に白ワインと…」

「冷たいお茶ならなんでもいいよ。」

「それを頼みます。ワインもお勧めで。」



2人は軽く乾杯する。


「ツィー君は元気?」

サルガスのことだ。

「うん。なんか商工会やコンパイラクラブの人に気に入られてる。今度青年部の息子たちを紹介するって言われてた。ツィーは経済とかは分からないから、商売的なことしか話せないって嫌がってたけど。泥臭いことを話せる会長世代の方が気が合うってさ。」

「そう。チコは?」

「最近顔を出していないけれど…。」

「チコに言っておいて。1カ月に1回はSRに来なさいって。」

嫌いなんじゃないの?と思ったが、チコがニューロスなら納得がいく。


「ベガスで管理は無理だから…。あの子自分が大事じゃないのかな。」

「……」

ミザルが頭を抱える。


その間に前菜が届いた。


「ファクト、チコに念を押して言っておいて。せめて2カ月に1回でもいい。私かシャプレー…社長に顔を出しなさいって。」

「…分かった。」


その後、ここ最近の話や大学をどうするかの話をした。

ミザルとしては大学には行ってほしいが、職業学校でもいいという。その代わり試験がきちんとあるところにするという条件で。



最後にたくさんの杏仁豆腐とゴマ団子、点心をお土産にしてもらった。

杏仁豆腐は女子用だ。ここのは人気らしい。


ホテルからタクシーでそのままベガスにお願いし、ミザルはずっと手を振っていた。




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