51 ファンの告白
「あの…」
後方からかわいらしい少女が声を掛けて来た。幼いな。高学年か、中学生とかか?
「はい。」
「わー!!話しかけちゃった!!!」「返事が返ってくるー!!」とか、薄ら寒いセリフを黄色い声で言っていた。
「カーフ様、アーツの皆様にお話しよろしいでしょうか?」
「…いいですか?」
少し困った顔で聴かれるのでサルガスは頷く。カーフも『様』なのか。もう理由は聞くまい。
「わー!ありがとうございます。」
すごく真っ赤だ。
「あの、心星さんってどの方ですか?」
心星?
「こいつです。」
近くにいたメンバーたちがファクトを指した。
「キャー!!!!」
という声が攻撃にしか見えない下町ズだったが、標的がファクトに移ったことでちょっと心に余裕が生まれた。
彼女たちは、自分たちが廃れてなくした若々しく弾けるような笑顔をしている。こっちのハートが砕けそうだ。自分たちが失った初々しさ、黄色い声。先までの『ゴールデンファンタジックス』が一気に少女漫画になる。
そして、エルフのように白に近い髪のかわいい女の子が叫んだ。
「あの、お慕いしていました!!」
「おおお!!!」
いきなり告白か!
みんな目が離せない。先の撤回!ちょっと黄色な気分が戻ってきて、中学生の告白に盛り上がる大人たちという変な構図が生まれた。
ファクト本人だけが他人事のようにポカーンとしている。それはそうだろう。初めて見る相手なのに。
「ずっと、ずっと、ファンで………」
ファン?
「ポラリス博士の名前のある本は全部読んでいます!」
ああ、そっちのファンね。みんな頷く。
「ここにそのご子息がいらっしゃるなんて………。ミザル博士もすごく好きで…。それでC言語の研究室に入ったんです!」
「は、はあ……」
「息子が出来てから、ニューロス研究が俄然面白くなったエピソードも好きで…。まさかその息子さんが、自分より年上になっているなんて思ってもいなくて………」
父はそんなことも書いたのか。父と過ごしたのはガキンチョの頃だしな。
「チコ様にも才能を見初められているなんて…」
違う違う。甘やかされているだけだ。と思う下町ズ。だいたい何の才能だ。人たらしか?
「そんなご子息と同じ敷地で勉強ができるなんて……科学者を目指す者として光栄です!!」
でたーーーーーーー!!!!!
親の超十四光!!!
その熱々な反応とは逆に、とくに驚きもしないファクト。
「…そうっすか。」
「握手してください!」
俯いたまま両手を出される。
「あ、今、手でケバプ食べたから指舐めてしまったんだけど…。」
「構いません!」
ファイが現れて、ファクトの両手を殺菌済み台拭きで拭く。
「どうぞ。」
リーブラが言うと、女の子は手を握って超感動していた。
親の十四光チート最強だな!とみんな思う。あんな手に握られてみたい。
本人が頑張らない分、余計な主張をしない点も、十四光を一身に照らしても嫌われない原因だろう。
ここで、アーツベガスが勝手に慕われているのも、チコをはじめとする教官様方のご威光、七光。なんというか、身の置き所がない気分になる。こんな七光要らない。
なのに、この男は違う。
それに全く後ろめたさを感じさせていないのだ。自分からはあやかりにいかないけれど、照らされている分にはあやかっておこうという精神。照らされた後光を、清々しく反射させている。少なくとも見る分には。
「そ、それで、サ、さ、あの、サインして下さい!!」
サイン!
後ろから彼女の友達がポラリスの構築論の本を出す。結構な大きさ厚さの本だ。
「今、父はここにいないから、少し遅くなるけれど……」
「あ、あなたで構いません!あなたの名前をお願いします!!」
「それはちょっと…。」
スターか。
「お願いします!」
震える手で強引に本とペンを押し付けられるので仕方なく受け取る。
そして少し考えながら、ファクトは目を見開いた。
子供の頃、延々と写経をさせられたと言っていたので、どれほどきれいな文字を書くのかと思ったら、きったない字で『心星ポラリス、息子ファクト』と書き、『「大切なのは心だよ」』と括弧つきで一筆したためる。しかも格好をつけてわざと草書風にするから、余計にひどい。名前は横書き、一筆は縦書きだ。その上、ゆるキャラのような不思議なマークまで付け足した。
なぜ、そんな大きな本にどデカく書くんだ。もっとコンパクトに書けないのか。製本の見返し部分、見開き1ページ使っている。
「父さんがよく言っていた言葉だから。」
と、サラッと語って渡すと、女子は本を包み込むようにぎゅっと抱きしめて涙ぐんでいた。こんな少女漫画みたいに感動する人初めて見た。
「あの本、8千円もするのに…」
と、キロンが信じられない目でファクトを見る。豪華版らしい。
そして、ここにはいないが、リアルゲーム仲間は知っている。あのマークはマイキャラ、ファーコックの隠しマークだという事を。
中学生が親に頼んだのか、お小遣いをはたいて買ったのか。みんな、大切な本にファクトの汚いサインが入ってしまい申し訳なく思う。
「心星家の威光に預かってしまった…」
「すごーい!」
「あ、ありがとうございます!!」
声も出ない本人に代わって、なぜか友達たちも代わる代わる手を握り、お礼を言いつつ紙袋を渡され、キャーキャー騒ぎながら目の前から去っていった。恥ずかしいのか外に出ても、テラスからチラチラまだ見ている。
堅実そうなユラス人もあんなにミーハーなのかと驚く。
……。
何だ。何なんだ。すごすぎる。
いいのか?
………ここでの期待度が!
ほとんど無表情のファクトは落ち着きと威厳ある人に見えたらしく、周囲で評価が高まっている雰囲気だ。
「親の後光に生きて来た黒歴史が、今、輝かしい光と変わって復活してしまった…。」
一応自分の無力に悩んではいるらしい。
「黒歴史って言うか、いつも現在進行形だろ。」
ヴァーゴが呆れる。
ああ、自分はチートキャラじゃないと思ったのに。ちょっとのことで自動にレベルアップすることなんて現実ではありえないと思ったのに。
既に十四光チートを確立していたとは!
しかもこの勢いだと、本当に親の七光り2乗チートになりそうだ。
本人関係なく無敵すぎる……。
「おい!お前どーすんだ。」
「何が親の威光だっつーの!」
「きれいな女の子たちなのに、攻撃されているみたいに見えるのはなんでだろう……。ダメージ半端ない。」
「ファクト!毎日20周走れや!今から期待に添えろ!」
「ていうか高校行けよ。」
周りは大騒ぎだ。そうだ。高校休学してたの忘れてたと、思い出す。博士号どころか高校卒業できるのか状態である。プーだ。
「どうしよう………。」
顔は全然動揺の色がないが、椅子の上で胡坐をかいてファクトは考え込む。これはヤバい……。
なんとなくあらゆることを悟ったカーフはじめとする代表高校生ズは、呆れて笑うしかない。下町ズはユラスからの移民には、あまりいない部類の人間たちであった。




