49 大房民、気を使う
そこに、チコがまた戻って来た。
「お前たち!何を集まっているんだ?昼は食わないのか?腹減ってたんじゃないのか?」
入口の方から叫ぶので、みんな身が縮む。
「サッサと済ませて、午後に備えろ!」
「あ、はい!」
サルガスが返事をした。
話は聞かれていなかったようだ。自分たちには警戒心がないのか。
タウは去ろうとするチコを止める。
「チコさんは?」
「他に仕事がある。」
「一緒に食いましょうよ!」
「…いい。カウスがいなくなった穴を埋めなきゃいけないだろ。」
急いで入り口にハウメアが駆け寄った。
「チコさん、一緒に行こう!そんなの後でカウスさんに倍仕事を押し付ければいいし!」
後ろに回ってチコを抱きしめる。ほぼ羽交い絞めだ。
「は?やめろ。」
カウスのことを軽くあしらっているのを聞いて、藤湾の生徒はさらにビビる。
「行きましょうよ!」
「学食とかなら広いっしょ!行こーよ。」
「いい。お腹空いてないし!」
「いいからいいから。」
「はあ?なんだ??気持ち悪いな。」
片方側をファイに掴まれ、全員がゾロゾロ移動する。先の生徒君も案内役に巻き添えになった。
ファクトは、全然違うことを考えていて、あの突っ張ったチコ系男子と話がしたかったのにとちょっと残念に思った。彼はどこかに行ってしまった。
***
食堂でも変な視線を感じる。
「なんで俺らはこんなに目立っているんだ?」
「ジャンル違いだからじゃない?」
「そのしょーもない頭のせいだろ。」
女の子たちを中心に、ここでも周囲から黄色い声が響いている。
「こういうミーハーな感じの子たちがたまたま集まっているだけで、そうでない生徒もたくさんいるからな。」
ここだけで高校から大学院まで2千人生徒がいるらしい。幼稚園、小中校までいれると3千人ほどになる。いろんなタイプがいるのだろう。
先の学生に、近くの一番大きい食堂に案内してもらった。一緒に食べようと持ち掛けたが、怯えていてかわいそうだから開放してやれとサルガスに言われ、ジュースをお礼にあげて逃してあげた。
この食堂なら中高生以外、私服の大学生もいてそんなに目立たないはずだ。…と本人たちは思っている。相変わらず黄色い声は響いているが。
ちなみに藤湾の高等部までの制服はTシャツやパーカ。ボトムはキュロットスカートや短パンや長袖のスウェット。ブレザーではない運動もできる服だ。私服でもいいが制服の子も多い。
「私を連れてきているから、目立っているんだろ…。そんなピンクやブルー頭もいないし。」
チコがため息を吐く。
「チコさんがいるからってなんで。」
「…ここの生徒たちとは一緒に食事をしたことはないから。」
東アジア民よりよっぽど会食が好きそうなのに?驚く下町ズ。
「俺たちとは食べていたじゃないですか!さっきのリーダーたちとも?」
「お前たちとはしがらみがないだろ。」
「しがらみ?学生ともそんなものがあるんですか?」
先程のことを思って、言う事にはなんとなく気を遣う。
「ない。あの子たちはかわいい。」
チコがちょっと笑う。これは本心だろう。
「めっちゃかわいい。」
ちょっと得意そうだ。
「まあでも、いろいろとね。」
チコを見ている女の子たちに気が付き手を振ると、女の子たちだけでなくチコも破顔する。学生たちを大切に思っているのが伝わってくる。
「大丈夫です!私たちはチコさんの味方です!」
力強く言うアーツ女子。
「は?何の?」
そして簡単なサラダをつまむとチコは席を立った。
「ごちそう様!」
「えー!もう行っちゃうの?」
ファイがさみしそうだ。
「なんだ?お前らしんみりして気持ち悪いな。仕事だからしょうがないだろ。私はいないから午後頑張れよ。」
少し端で座っていたファクトの頭をコツンと叩いて、そのまま去っていく。
よく見ていると、チコの近くには必ずカウスやその他、多分見たことのない護衛たちが必ず付いていた。今は入口近くにいて、チコが退室すると黙って後ろに付いて行っていた。
そしてチコは目立つ。
周りにもチコより背が高く美形な男女がそれなりにいるのだが、食堂から出るまで歩き姿すら目立っていた。
チコが去っていくと今度は自分たちが注目の的になる。
リーブラはお構いなしだが、けっこう居心地が悪い。
落ちついたグループ、理性的そうなグループに注目されると、余計にテンションが下がる。自分そのものが注目されているわけではないが、中高生の黄色い声援は萎えることも分かった。辛い。
ファクト、お前よく親の十四光で爽やかに生きていけるな!と誰しもが思う。
すると、先の高校代表者たちがこちらを見付けてやって来た。
「あの、先輩方、ご一緒していいですか?」
カーフがご丁寧に言う。
「先輩とか言わなくていいから!」
人生の年齢的先輩であっても上司であるし、どう考えてもこっちが先輩はおかしい。面倒を見た記憶もなし、これから見られる側だ。
席が空いているファクトたち側に彼らが座る。
やっぱり真面目に祈ってから食べている。すごいなユラス人。エリスに祈れと言われているが、「いただきます」の1~5秒である。
そして顔を上げてからカーフが話し出した。
「先はあの、びっくりしました…。チコ様が楽しそうに笑うの初めてみました。あんな風に話しているのも。」
………チコ、ベガスや家庭でよっぽどつらい目にあって来たのだろうか。と、みんなしみじみする。好きに笑うこともできない生き方をしてきたのだろう。アーツで勝手に共有してしまっていい話だったのだろうか。
「指導する立場で言うのは申し訳ないのですが、こちらが先輩方からいろいろ学びたいです。」
高校生の一人が言う。
は?何を?
何も学んでほしくないんですけれど。
教えてあげられるのは、ゲームと下町のストリートスポーツ、下町の歩き方くらいだ。チコを熱狂させること?それなら腕相撲でトーナメントでもすればいい。
「本当に皆さんに会いたくて、すごく楽しみにしていました。」
「ずっと噂に聞いていたんすよ!」
みんなすごく固いのかと思ったら、けっこう砕けた感じの者もいる。
というか、それこそ待て。何を待っていたのだ。何が噂なのだ。
「待て。ちょっと待て。」
タウが冷静に止める。
「噂の内容はなんだ?」
「チコ様やカウス様、カストル総師長が直接指導しているアジア圏の人員がいるって、ベガスミラですっごく話題になっています。」
「軍事関係者以外、あのお二方が直接指導するなんて初めて聞いて…。」
「話しぐらいはしますが、特殊警察の指導でもチコ様は行かないですよ。」
は…?
だから何の噂?
……軍事関係者?
「すっごく」って嫌味?
チコは藤湾の講師なんだろ?筋トレと戦闘以外あの人が何を教えるのだ?ここで授業をしていないのか?本当に名前だけの名誉講師なのか?
しかもカウスも『様』扱い?賭けの負け分を逃げた人ですよ。とみんな思う。
「で、『カウス』は何者で?」
「カウスさんまでなぜ『様』扱いなんだ?奴は何者なんだ?」
「………。」
え?知らずに一緒にいたの?と、驚く高校生ズ。
「カウス様はオミクロン族…えっとユラス民族にオミクロン族ってあるんですけれど、その…この地域でいうと何になるんだろう?公爵家のご子息です。」
「?」




