4 もう一人のお姉さん
シリウスは語る。
人間との距離を。
『ニューロスにはニューロスの役割があり、
人間には人間の役目がある』と。
『私はニューロスが立つべき社会での位置を見つけていく。
「人間」の持つ生命的力を尊重している』と。
つまり、人類との明確な線引きをしたわけだ。
最高峰のニューロスが
「私はニューロスであり、あなたたちは人間だ」と。
この件に関して改革派のメディアは意義を唱えるだろうし、様々な質疑も飛び交うであろう。それは保守派に仕組まれたプログラムなのか、それとも彼女自身の意思なのか。
「正確には私を作った時のいくつかの意思、人格が働いています。しかし、一個体だけでなく、保守、前衛共に認められる世界に前進を及ぼした賢人義人をはじめ、優秀な政治家、宗教家、活動家、各職業人などの人格が反映されています。経験とともにそれは私の中で精査されていくでしょう。
私には、選べる今が、未来があるのです。」
「未来はこれから構築していきます。
私の知識情報は広大で、自分は生まれながらに人類の老人ともいえます。でも、実質的なものは無くまだ未知です。未来は選択によって変わっていくからです。個性と経験がこの先を分けていきます。
それは、あなた方と変わりません。
そして、私はあなた方の作る世界の、ピースの1つにすぎません。
皆さんの、対外的な情報の収集体でもあります。これまでの膨大な情報から、最善と思うものを選択していきます。
けれど、私の最終的な方向性は、『人間が選択する未来』によって決まっていくでしょう。」
大枠的にはシリウスの立場は中立である。
一企業の商品でもあるが、連合国機関が関わっている以上、偏った立場をとることはできない。また、主義を押し付ければ反発も多くなり、思惑のある人々の茶番にすぎなくなる。
シリウスが個として自立独立し「選択できる」ことは非常に重要なのだ。
観衆が真剣に聴き入っている中、ファクトはスケボーの打ち合わせが気になって仕方なかった。
はー。コースが変わるって聞いたけれど、当日本番でいけるかな。という、どうでもいいことを考えていた。初めてのコースで自由に走れるほどうまいわけではない。
二人のいる下手からはほとんど舞台上しか見られないが、スタッフ用のスクリーンに観客席が映し出される。
「ん?」
前列の客席から見た左側端の席に、先ほどの戦闘集団がいた。
何だ?スタッフに怪しまれてたのにいい席陣取ってんじゃん。と、ファクトは思う。
背が高いメンバーは横に椅子を用意されて外に座っている。後ろの人に迷惑だからだろう。何人かは身長180センチどころではなさそうだ。
彼らは質問もせず聞き入っていた。しかもムギちゃん。世界のセレブでさえ手にできなかったチケット席で、眠そうに船をこいでいる。その横のプラチナブロンドお姉さんはフードを被ったまま、つまらなそうに飲食禁止の会場で栄養バーを食べ何か飲んでいた。今は野菜味2本目を食べている。親近感が湧くな。お腹が空いたのか。
講演の方は1つの質問に区切りができると、プレスからは波のような挙手があった。時間に限りがあるため、いくつかの今後の目標や話に上がらなかった技術的な質問を受け、2時間のお披露目講演会が終わった。
退場の際、シリウスはステージ下手のファクトとラスに気が付きにっこり微笑み、ラスがまた感激の目で震えていた。
シリウスが去っても拍手は鳴りやまない。おそらく今夜からメディア、研究界隈は大盛り上がりだろう。
さあ。
全ては解禁された。
***
司会者の締めの後にアナウンスが流れる。
『皆様、長いお時間ありがとうございました。
簡単な会食が用意されています。後ろの会場となっておりますので、そのままどうぞお進みください。なお、この後のイベントは大学生以上の方に限らせていただきます。』
「いーな。腹減った~。」
ファクトはロビーから、パーティー会場を見る。
会場に残らない人用に、サンドイッチとドリンクのセットが配られたが、余分に貰ってそれも食べてしまった。運動をする高校生には全然足りない。
「俺の飯も食っただろ。何が腹減っただよ。」
もちろんファクトに買わせるつもりで、ラスはどこに食べに行こうか悩む。
2人は混雑を避けるために少し前にロビーに出ていた。母に、顔見知りに声を掛けられる前に帰れと言われていたため、ファクトとしてはホテルからも出たかったが、ラスが最後までいたいと名残惜しそうに粘っていたのでまだここにいる。
しばらくしてからホテルを後にして目の前の広場に出た。街灯が明るく周りを照らし、人々がゆったり過ごしている。
…そうか、ラスだけ置いてこればよかったな。
我ながら簡単なことが思い浮かばなかったとファクトは反省した。裏方にも少しいたかっただろう。自分だけ帰ればよかったんだと。
「そういえば結局ミザル博士見なかったね。」
「多分忙しいんだと思う…」
と言い周りに顔を向けると、またあの戦闘集団がいる。
しかも顔が分かるほどの近くにいて目が合った。
「あ、ムギちゃん!」
「!」
少女はまた思いっきり顔をしかめた。
なんで名前を知っているんだ?という顔だ。
「あ。いやね、自分、弱い波動も感じ取れるから声が聞こえて…。わざとじゃなくって、なんか波長が合っちゃったみたいで…」
しどろもどろにジェスチャーしながら説明する。
「テレパスじゃないのか?」
無視されると思ったが、汚い物でも見るように声を掛けられた。立ち食い、もといしゃがみ食いの印象がそんなに悪かったのか。
「どうした?」
大柄だけど爽やかお兄さん系の男がこちらを見る。
「この学生、私たちの話を聞いていたらしい。」
ムギが言うと、爽やかお兄さんは少し構えた。
「どの話をどこから?」
「どこも何も、開会前の検問でのやり取りが聴こえただけです。「先検問やったのに」的な話。」
お兄さんは、ほっと安心したようだ。
「皆さん傭兵かテロリストかなんかですか?」
あまりに厳重だった検問に、ゲーム脳のアホなファクトはアホな質問をしてしまった。
「?!」
「お前!」
ムギが食いついてきそうになったが、お兄さんが止める。他の面々もファクトの言葉に反応した。
「何をしているんだ。帰るぞ。」
誰かと会話をしていたリーダーっぽいブロンドの女性がこちらに加わる。
え?皆さん大学生以上でしょ。おいしそうなのに料理食べていかないの?お姉さんお腹がすいていたんじゃないの?何本栄養バーを食べていたのか知らないが、満腹になったのだろうか。
周りの雰囲気を険悪にしたばかりなのに、ファクトはやはり関係ないことを考える。
「ムギちゃんが子供だから帰るんですか?ムギちゃん分のタクシー代出そうか?お姉さんたちは会食でもしていったら…。お腹空いてるんですよね?」
料理だけでなく、せっかくの世紀のイベント。ラスがあんなに喜んでいたのだから、この人たちも最後まで参加したいだろう…と、そんなことはない。
そういえばこのお姉さんは退屈そうだった。ついでに言うとファクトは知らないが、パーティーの目的は交流や情報交換だ。食事はメインではない。もう一つついでに言うと、この団体が前方の座席を与えられていたのはVIP扱いなのと、会場側が彼らの動きを把握できるようにという仕事上の理由でもあった。
先の発言をはぐらかされてムギが憤る。
「そういう問題じゃない。人をテロリスト扱いとか、どういう常識をしている!」
そうれはそうかもしれないけれど、初対面の人にキレている上に「お前」と言うムギちゃんには言われたくない、とファクトは思う。
「ごめん。俺のファーコックと同じブーツを履いていらっしゃるから…。」
お兄さんたちの一人が履いていたブーツが、実はファクトが明け方までプレイしていたネットゲームのキャラと同じであった。
ちなみにマイキャラはテロリスト上がりの傭兵設定である。
そのキャラと非常に似た強化タクティカルブーツを履いていたのだ。好きすぎる。
ファーコックはファンタジーなゲームでミリタリーな装備をしてひんしゅくを買ったマイキャラだ。チームから出てほしいと他の仲間に言われたときは泣いた。
だって、装備できるのだから仕方がない。開発元に言ってくれ。
「ブーツ?なんだ。それは?」
「ムギ、やめろ。子供の言う事だ。かまわない。」
ムギちゃんも子供だろ、と言いたい。
ブロンドの女性に子ども扱いされて少し反抗の目をしてみた。
その時ブロンドお姉さんが初めて自分を見て目を丸くした。
「……え?」
言葉を失っている。
ん?またなんなんだ?と、ファクトはやや構える。
「おい…。ファクト…なんなんだその人たち…。」
自分の横からラスが不安そうに顔を出した。「ムギちゃん」と言う見た目だけは緩衝材ともいえる存在がなければ、この集団は恐怖でしかない。一番怒っているのはその少女だが、あまり強そうではないので平気だ。
「知らない。さっき見かけた人たち。」
ブロンドお姉さんが固まる。
「ファ?」
意外なことに、ひと間遅れてブロンドお姉さんが反応した。自分を見てさらに目を丸くする。あの時のシリウスみたいにキョトンとした顔だ。
「ファ??」
眼鏡をしているので目の色までよく見えないがきれいなやや上がり目。引き締まった顔を崩して、さらに間抜けな声を出していた。
え?「ふぁ?」。何だこの人。
「…ファ…
…ファクト?」
たどたどしくファクトの名を言っている。
そうです。俺がファクトですが…何か?
「心星ファクトか?」
「そうですが。」
は?なんで知ってるの?このお姉さん。
お姉さんは目を見開いて口を押えた。
「ファクト!!」
へ?!!!
とてもきれいな目をしたお姉さんは、ファクトを押し倒す勢いで抱き着いた。
はっ?何??
周り一同、ラス、そしてムギとその愉快な仲間たちは硬直。
仲間たちも事情を知らないのか、突然のことで驚いている。ムギに関しては青ざめている域だ。
普通、きれいな髪のきれいな目のお姉さんに抱きしめられたらワクワクドキマギしそうなのだか、思った以上に硬い筋肉と力に締め上げられ、潰される感がハンパない。
腕ごと肋を圧迫骨折しそうだ。
ギ、ギブアップを連呼したいが声も出ない。
「うぐぐググ…っ…」
やっぱり傭兵なんじゃないかとゲーム脳が俊敏するファクトであった。